
宇宙怪物のイメージを塗り替えたSFホラーの金字塔『エイリアン』
日本でも間もなく公開されるシリーズ最新作『エイリアン ロムルス』。先日公開開始となった全米ではぶっちぎりのNo.1ヒット。評価も上々でこいつは期待できそう。
この間『エイリアン』の全シリーズ収録ブルーレイを購入したので久々に初代を観返した。
老害世代の僕にとって『エイリアン』はテレビの映画番組(特に日曜洋画劇場)の定番タイトルだった。淀川先生が「エイリアン、怖いですねぇ~」と恐ろし気に語っていたのを覚えている。
その日曜洋画劇場も無くなり、『エイリアン』シリーズですらテレビ放映の機会がなく、見たことない人も多いだろう。
1979年公開の本作はSFホラーの歴史を塗り替えた。『エイリアン』の原案を書いたダン・オバノンは『メモリー』という未知の惑星に降り立った宇宙船の船員が謎の怪物に襲われ、寄生された体内から怪物が生まれる、というストーリーを書く。後に『スター・ビースト』→『エイリアン』と改題された脚本は買い取られ、映画化が企画されるが最初はお蔵入り寸前の状態に置かれる。しかし直前に『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』が大ヒットを記録し、SF映画は稼げるとなるとすぐに企画はスタートしたのだった。
当時、SF映画は子供が見るようなバカバカしいものとされており、時折『地球の制止する日』『禁断の惑星』『2001年宇宙の旅』のような大人の鑑賞に堪えうる作品が出てくるが、『エイリアン』はSFの中でもホラーものなのだ。宇宙を舞台にして未知の宇宙生物に襲われたり、侵略される作品といえばタコ型の宇宙人だの、ゴリラの着ぐるみにヘルメットをかぶせて宇宙人だと言い張ったり、全身タイツにピンポン玉の目をつけて宇宙人でござい、とぬけぬけと言い放つゴミ溜め映画が量産されていた。『エイリアン』がずば抜けていたのはH・R・ギーガーのデザインしたエイリアンの造形だ。
明らかには人体とは違う外観に脳が突き出てグロテスク、目がないために感覚のみで周囲を把握するであろうことが伺える地球上の生物ではない奇矯な風貌はまさしく未知の生物だった。ギーガーのデザインがなければ僕らは未だにゴリラの着ぐるみやピンポン玉の目を宇宙生物だと思わされていたのかも知れない・・・
そのギーガーの造形を存分に生かしたのが監督リドリー・スコットの映像美だ。冒頭、宇宙船ノストロモ号が登場し、宇宙船内部を無音でカメラが移動していく。いちいち説明もなくそんなものは不要とばかりに純粋に映像だけで魅せようとする。よほど自信があるに違いないと冒頭だけで感じさせてくれる。
フェイスハガーに取り憑かれた船員の体内でエイリアンが成長し、腹を食い破って出てくる。船員たちは次から次へとエイリアンの犠牲になっていく。やがて通信士のリプリー(̪シガ二ー・ウィーバー)がリーダーとなって脱出作戦を指揮していくように。シリーズ通して(4まで)の主人公は彼女だけど、1作目では終盤まで活躍の描写がなく、むしろその他大勢の一人として扱われてるのも見舞見るとかなり斬新。
最後の生き残りとなった彼女はシャトルで脱出、すべてが終わったとばかり寝間着に着替えようとすると、シャトルに潜り込んでいたエイリアンと遭遇!この助かったと思ったらもう一幕残されているという展開も当時は斬新で、その後あらゆる作品に影響を与えた。またSF映画で女性が活躍するというのもそれまでほとんど例がなく、あらゆる意味で『エイリアン』は斬新で、その後のSF映画を更新したのだった。
CGもロクにない時代にエイリアンは着ぐるみやエアシリンダーで動作するギミックを仕込んだアナログの技術が遺憾なく発揮されていた。最新作『エイリアン ロムルス』も着ぐるみやメカニカルスーツを採用して初代のアナログ技術を再現している。CGだけでは得られない迫力が『エイリアン』にあったことを想起させてくれ、新たに進化した『エイリアン』を楽しみにしている。
『ブレードランナー』みたいになってわけがわからなくなったシリーズ第5弾
74回観た(嘘




