天国じゃ皆が海の話をするんだぜ『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』 | しばりやトーマスの斜陽産業・続

天国じゃ皆が海の話をするんだぜ『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』

 バリバリの強面で恐れるもののないマーチン・ブレスト(ティル・シュヴァイガー)とひょろひょろで気弱そうなもやし男の

ルディ・ウルリツァー (ヤン・ヨーゼフ・リーファース)

。正反対の生きざまを送ってきた二人の男は同じ病室に入院する。マーチンは骨肉腫、ルディは脳腫瘍。医者から余命僅かの宣告されてしまったのだ。二人は酒(病院なのに)を煽りながら語り合う。海を一度も見たことがないと漏らすルディにマーチンは

「天国じゃ海の話で持ち切りだ。可哀そうに、海を知らないお前は話についていけない」
 しょんぼり顔のルディをマーチンは無理やり海へと誘う。地下駐車場のベンツを盗み出し、病院から脱走。どうせ死ぬんだ、怖いものなんて何もないぜとばかりに二人はコンビニ強盗、銀行を襲撃する。
 車のトランクから大金の入ったスーツケースを発見して狂乱。彼らが盗んだベンツはギャングのフランキー(フープ・シュターペル)のもので、スーツケースに入っていたのはボスのカーチス(ルトガー・ハウアー)に渡す金だった。そうとは知らない二人は「銀行襲う必要なかったぜ」と高級ホテルに宿泊し「死ぬまでにやりたいことリスト」を作成。マーチンは「エルヴィスファンのママにキャデラックを贈りたい」(エルヴィスが母親にプレゼントしたのと同じ車)、ルディは「女二人とヤる」(笑)
 骨肉腫から起きる発作に苛まれるマーチンを助け、彼のために薬局で薬を脅し取るという普段からは考えられない大胆な行為に出たりしつつ、警察、ギャングの両方に追われながら二人はひたすらに海を目指して走り出す・・・

 

 公開25周年を記念してリバイバル上映中のドイツ映画『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』は90年代のポスト・ジャーマン・シネマを代表する一本。60年代のドイツ映画はフランスのヌーヴェル・バーグに影響されたようなニュー・ジャーマン・シネマが起き、ヘルツォーク、ヴェンダース、ファスビンダーといった監督が現れた。彼らの映画は時に芸術志向であったため、難解すぎるという評価を下され、世界的には話題になっても国内でヒットしないという状況が続き、80年代には勢いが収束したが、代わりにハリウッド的な娯楽作を作り出すウォルフガング・ペーターゼンの『ネバー・エンディング・ストーリー』『U・ ボート』が興行的な成功を収める。また80年代はビデオの時代であったため、映画館の観客動員数は落ちていった。

 そんな中、ニュー・ジャーマン・シネマの固定概念から逃れ、ペーターゼンの様な娯楽大作でも出ない新時代の映画ポスト・ジャーマン・シネマが90年代ドイツを席巻する。『バンディッツ』『悦楽晩餐会 または誰と寝るかという重要な問題』(以上97)『カスケーダー』『ラン・ローラ・ラン』(以上98)が国内及び世界中でヒットする。中でも』『ノッキン~』は70年代前後のアメリカン・ニューシネマの影響を受けつつ、独自の娯楽性を持たせている稀有な作品。

「余命僅かの人間が犯罪を起こしながら暴走する」という話なのに追手のギャングが間抜けすぎたり、銃弾を撃っても絶対に当たらないし、強盗されてる側の方が主人公二人を気遣ったりとか、シリアス面よりもコメディの方が強調されている。

 特筆するのはクライマックスに登場するギャングのボス、カーチスで彼は自分の金を使い込まれたのに二人を処刑するでもなく、無罪で放り出して(フランキーが二人を殺そうと脅すのだが、余命僅かな二人はまったくビビらないので拍子抜け)

 

「天国では皆が話す。海のこと、夕陽のこと…あのバカでかい火の玉を眺めているだけで素晴らしい。海と溶け合うんだ。ロウソクの光のようにひとつだけが残る。心の中にな」

 

 と『ブレードランナー』の「雨の中の涙のように」ばりの名台詞をつぶやくハウアー。監督のトーマス・ヤーンは『ブレードランナー』のレプリカント役で世界的に有名なハウアーをどうしても出したくてマネージャーに依頼するが大金を要求されてガックリ。しかしハウアー本人が「脚本が気に入ったので出る。ギャラのことは気にするな」と快諾されたという。レプリカントは人間よりも限られた命しかないが、人間を痛めつけることで命の重さ、大切さを教える。「命よりも大切なもののため」に走り出す二人をカーチスだけじゃない、映画の登場人物全員が応援するのだ。

 海に向かって走り出し、海で終わるのはヌーヴェル・バーグらしさが炸裂してたね。ドイツは北部までいかないと海がなく(黒海とバルト海)「海を見たことがない」という設定は上手い。日本でリメイクしたとき、この設定をそのまま使っていて相当に無理があったな。

 マーチン役のティル・シュヴァイガーはこのヒットでハリウッドに招かれ、アクション映画の悪役俳優として名を馳せる。本国ではテレビ映画で一匹狼の刑事を演じた『ニック/NICK』シリーズのヒットでドイツの国民的俳優としてのポジションを確立。ルディ役のリーファースも後にドイツ赤軍の創設者を描いた『バーダー・マインホフ 理想の果てに』に出演するなど本国で活躍中。