鍵は大事にしまっておけ『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』 | しばりやトーマスの斜陽産業・続

鍵は大事にしまっておけ『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』

 

 今や世界を代表する老齢(といったら失礼か。でも今年で61歳)アクションスターとなったトム・クルーズの人気シリーズ第7作目『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』はこれまで世界の危機を救ってきた秘密諜報組織・IMFが最大の敵(毎回最大の敵って言ってるけど)と戦う。今回の敵は最新の軍事AIで、あらゆるシステムに侵入、ハッキングし、その痕跡すらも消し去ってしまう無敵のAI。だがそのAIは暴走し、犠牲者を生み出した上である場所に沈む。

 AIにアクセスできる二本の「鍵」のひとつは元MI6のエージェントで仲間だった女スパイ、イルサ(レベッカ・ファーガソン)が持っており、イエメンにいる彼女からIMFのイーサン(トム・クルーズ)は「鍵」を受け取る。

 アメリカ政府はエンティティ(実体)と呼ばれるAIが敵国に渡っては大変なことになると手中に収める計画を発動させるが、イーサンはエンティティの存在自体が危険だとし、処分することを考え、CIA長官のキトリッジ(ヘンリー・ツェニー。シリーズ一作目で指令の声を担当していた)に自分たちは政府から離れ、独自を行動を取ると宣言する。

 

「鍵」は二つ合わせて完成するため、もうひとつの「鍵」を手に入れるミッションをIMFメンバーのルーサー(ヴィング・レイムス)、ベンジー(サイモン・ペッグ)らと発動。「鍵」の取引現場であるアラブのアブダビ空港にやってきたイーサンたちだが、肝心の「鍵」は謎の女スリ、グレース(ヘイリー・アトウェル)によって盗まれてしまう。グレースに接触したイーサンは「鍵」の用途と危険性を理解していない彼女を説得しようと試みるが、空港でかつての因縁の相手であるガブリエル(イーサイ・モラレス)の幻に惑わされているうちに「鍵」をグレースに持ち去られてしまう。

 

 グレースを追ってイタリア・ローマにたどり着いたイーサンたちをガブリエルの配下である凄腕の殺し屋パリス(ポム・クレメンティエフ)らが襲い、CIAの追跡者らもやってくる。孤立無援の状態でイーサンは結局グレースを取り逃がしてしまう。ボロボロの彼の前に現れたのは、イエメンで死んだことにして行方をくらましたイルサだった・・・

 

 

 今回の話の中心は「鍵」の取り合いである。「鍵」を手にしたものは軍事AIを手にして世界を火の海に沈めることもできる。そんなAIにアクセスできる鍵だから、取られないようにケースにしまっておくとかすると思うのだが、

この映画の登場人物はみんな鍵をポケットに入れる

 手の中に隠れるほどの小さな鍵だからポケットに入れた程度じゃ簡単に取られてしまう。かくしてこの映画はポケットに入れた鍵をすって、すられて、すりかえして、またすられる、といったイタチごっこを繰り返す。2時間44分も

 家の鍵ですらポケットに入れた程度じゃ失くすことがあるんだから、そんな大事な鍵はチェーンをつけて首にかけとけ!(それでも取られるだろうけど)

 

 世界の破滅がかかった鍵の扱いがそんな雑でいいのか。シリーズ二作目の『MI:2』の監督だったジョン・ウーの『ブロークン・アロー』という映画では核ミサイルの起爆スイッチがリモコンになっていて、クライマックスはそのリモコンを二人の男が奪い合うのだが、そんな大事なもんがリモコンの取り合いでええんかい!『鉄人28号』の「良いも悪いも リモコン次第」じゃないんだから。
 

 おかげでこの映画、ストーリーはほとんど進まない。2時間44分もあるのに。鍵のすりあいだけだから。しかし異常なテンションでリズムよく進むので退屈ではない。敵が進化、暴走したAIというのもタイムリーすぎる。アメリカは現在、俳優組合によるストライキが行われていて、理由のひとつがAIによって人間の仕事が奪われているということで争っているから。

 エキストラなどに実在の俳優のデータを取って、以後はそのデータを再利用する。データの使用権はスタジオが持つ。当然ギャラはデータを取った一回分しか払わない。脚本もAIが描く。AIに「学ばせる」ための初期のデータは人間が打ちこむが、以後は使い回し・・・

 そのうちAIだけで作られた映画が出てくるのもそう遠くない気がする。『ミッション:インポッシブル』シリーズはそんな時代の流れに60代を越えたアナログ人間のトム・クルーズがひたすら抗うシリーズだ。

 スタントを使えばいいのに自分で危険なスタントに挑む。そのうち

「そんな危険なことしなくても、AIがやってくれるさ」

 って言われるだろう。世界中で大ヒットした『トップガン マーヴェリック』は無人戦闘機が幅を利かせる時代に年老いたパイロットである自分の居場所が失われていくことに「人間に、まだ出来ることがある!」と主張する映画だった。劇中で展開されるオリエント急行の上で戦う場面や、崖の上からバイクで疾走してそのままダイブする場面など、そんなことする必要、全くないとしか思えないのにやってしまう。

 

 AIに、世界を好きにはさせない!という自分自身を懸けた戦いなのだ。鍵をすったところで、

人間の大切な物は失われないという魂の叫びなのだ。

 来年公開されるPART TWOでトムが映画でも、現実のストライキにも勝利する姿を見せてくれることは間違いない。なにしろ不可能なミッションに挑む男なのだから。