講演「なぜ日本人技術者が海外ファッション業界で評価されるのか」概要 6 | 伝統技術を現代のライフスタイルに合わせて発信するプロジェクト  ”ARLNATA” アルルナータ ディレクターの独り言

伝統技術を現代のライフスタイルに合わせて発信するプロジェクト  ”ARLNATA” アルルナータ ディレクターの独り言

約11年に渡るヨーロッパの様々なステージのラグジュアリーブランドを経て日本に帰国し、衰退産業とも言われている日本の伝統技術を今の形で発信するためのプロジェクト”ARLNATA”アルルナータを主催しているディレクターの独り言です。
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講演「なぜ日本人技術者が海外ファッション業界で評価されるのか」概要6


6. ”日本人が重宝されている”の否定的側面


海外には各メゾンに一人以上は日本人がいると言われるくらい日本人が重宝(特にパターンメーカーで)されているのはどうやら事実のようです。実際まだ日本を飛び出す前の時代、東京でもそういった噂は何度か耳にしたことがありますし、ひょっとしたら自分にもチャンスがあるかもと期待させるに十分であったのは今でも覚えています。

3章・4章にて幾つか日本人が重宝される思いつく理由を並べてみましたが、何よりも忘れてはいけないことはパリのファッション界に衝撃をもたらした大先輩方の功績です。それまでの洋服に対する常識を覆すことになった彼らの進出が間違いなく、日本人にはヨーロッパ人とは異なった美意識を持っているという認識を植え付けるのに十分であったのだと思います。”黒の衝撃”などと呼ばれる出来事は今からもはや30年以上前のことであるにも関わらず、今現在でも彼らの名前を尊敬を込めて呼ぶ人がヨーロッパにも多く存在します。私自身、自分がこうやって今異国の地でなんとかやっていけているのも、間違いなく大先輩方の功績のおかげですし、逆にその功績に恥じない仕事をしなければならない責任もあると感じています。

さて、上記1章にて「なぜ日本人技術者が海外ファッション業界で評価されるのか」という題を見て否定的にこの事実を捉えなければならないのではないかと言いました。そのことについてここで触れておこうと思います。私は他国に行った際、現地で活躍されている日本人の方にお会いできることが多いのですが、その時に必ず聞くことがあります。それは「将来の展望をどう考えているか?」ということです。その答えの中で極少数の方は自分の事業(ブランド設立など)をしたいため日本に帰るという将来像を持たれていますが、ほとんどの方は「どうなるかわからない」と将来の不明瞭感を声にしています。では「日本に帰ることを考えているかどうか」については、ほとんどの人は考えてもいない、というのが圧倒的です。自分のブランドを開くにしても海外に拠点を置いた方が注目されやすいという理由で現地に残るという人も多数です。これは、欧州の方が経験のあるデザイナーやパターンメーカーに対する労働条件が良く、そのまま日本に帰っても彼らの条件を維持できるだけの企業が日本には存在しない、またヨーロッパで培ってきた経験やクリエイションを日本の企業が必ずしも必要としていないという現実、そしてヨーロッパに本拠地があるということ自体に価値があるような雰囲気が日本には存在すること(日本だけではありませんが)に起因しているのは間違いありません。確かに、ファッション文化の中心である海外で日本人が活躍していることは誇らしいことではあるかもしれませんが、と同時にその方々が日本に戻ってこれない現実を考えると、日本から熱意があり特異な経験を積み重ねてきた人材が海外に流出したままであることに対して無邪気に喜んでいるだけではいけないのではないでしょうか。

日本のブランドを海外に進出させ、海外のマーケットで勝負させることを応援する動きは近年よく見かけますが、逆に海外のマーケットで既に勝負している人間を日本に戻す活動はほとんど聴くことはありません。もし海外での貴重な経験を積んできた人間の多くがその後日本に戻ってくることができるようになれば、海外で経験をしたからこそ考えることができる客観的な視点を日本のファッションに持ち込むことができるし、そういった視点と元々の日本の嗜好を熟知している視点とが混ざり合い切磋琢磨されることでよりよい環境が出来上がるのではないかと思います。また、海外で働いている人間にとっても将来の選択肢が広がり、また日本に戻ること自体が競争になるわけですから、より競争意欲が増すでしょう。ここでは海外に出ていることと日本にいることとの優越を話しているのでは全くありません。ただし、海外に出ることでしか発見することの出来ない日本の良し悪しは間違いなくたくさんあります。それらの特異な視点を日本の土壌で活用できないことは、日本のファッションにとって大きな損失だと思うのです。特に”洋服”を考えた場合、今や世界中で楽しむことができるグローバルなマーケットが広がっていますし、そもそもヨーロッパ発祥で文化の中心が存在する場所でありますから、そういった多角的な視点というのは間違いなく必要だと思うのです。

世界中に散らばった様々な経験の蓄積が国内外の壁を越えて衝突し合い切磋琢磨を繰り返し続けていった未来には、日本のオリジナルなファッションを学びに海外からも人々がたくさん訪れてくる様な時代が来るのではないでしょうか。そうなった時には”日本のファッション”というものが確立されたのだと言えるでしょうし、そしてそんな時代には、より多くの素晴らしい人材が国内から世界へも輩出されるようになっているのではと思うのです。


第7章 は 『日本アパレルの技術者育成への示唆1』です


<参照用既出リンク>

はじめに
第1章 ファッションのグローバル化 
第2章 世界で活躍する日本人 
第3章 日本人の海外で評価される一般的な特性
第4章 3Dデザイナーの存在
第5章 ヨーロッパのファッション業界の実態、ものづくりに対する意識の違い


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