学校の責任が大きいのは間違いないです。しかし、教育基本法では
「父母その他の保護者が子の教育において第一義的責任を負う」
ことが示されています。
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私が受けている某県教員採用試験の個人面接、過去にこんな質問があったようです。
「喫煙している生徒を見つけた場合、どのように指導しますか。」
「万一生徒が喫煙をやめなかった場合は、どのように対応しますか。」
個人的には、この質問に答えるのは少し難しいと思っています。
その要素は…
①「飲酒」「薬物」ではなく「喫煙」である
②(これは飲酒や薬物だろうと同じ)その生徒の「立場」で悪質性の度合いが違うのでは、という疑問
が、あるからです。
①飲酒は、量によっては死に直結します。
薬物は、死に直結することもあるし、依存が進むと自分の意思で自分を制御することが困難になってきます。そのため顕著に行動に異変が現れます。
差し迫った生命の危機が、実感されやすいものです。
しかし、喫煙は(もちろん危険はありますが)飲酒や薬物と比して、身体機能の低下や生命の危機が発生するまでの期間が長いと思っています(素人の知識なので違ってることは大いにあり得ますが)。
つまり、「それが自身にとって害である」ことを実感させにくいのではないか?と思うのです。
これはつまり、「別に死ぬわけじゃないし、禁止される理由が分からねー」ということになりかねないかな、と思うのです。
事実として、未成年喫煙の禁止は法律で定められています。しかし、喫煙した子ども本人に対しては「没収」が行われるのみです。本人の喫煙そのものに対する意識が変わるかどうか、疑わしいとさえ思ってしまいます。
②例えば、
1)友達に強く勧められ断りきれず、一本喫煙した
2)自分で喫煙するつもりで、何らかの手段で入手(購入)し、喫煙した
という二つのケースでは、(喫煙そのものには変わりないにせよ)明らかな相違があると思うのです。
前者はどちらかと言えば、従属的な喫煙とでも言いましょうか。後者は喫煙することを自ら欲しています。
同じ喫煙でも、両者では指導の仕方は少し変わるのではないか、というのが僕の考えです。
前者はとにかく断ることを選択できなかったことに対して厳しく指導することはしたとしても、それ以上に強く指導する必要はないかもしれません。その子の中には少なくとも「吸う・吸わないの葛藤」が存在していたからです。
後者はそうはいきません。明らかに葛藤はありません。場合によっては生徒の家族とともに厳しく注意、指導することが要求されます。たばこの入手経路が家族の可能性もありますし、そうでないにしても喫煙防止に家族の力も必要だと思われます。
こうしたところでは、保護者の第一義的責任というものが顕著に見えてきます。
そして、喫煙するまでの過程によっては必要な指導が変わるのではないか、と思うのです。
てなわけで、喫煙している生徒の指導は一概には言えないのかも?と思ったのです。
そして、学校だけで完結しない指導のあり方を必ず考えることが、学校・家庭双方のためにも良いのだと思うのです。