メルマガ『【心理学の罠】「科学とは観察と分析」である』(2019/10/8)
みなさん、ごきげんよう。
ここしばらく、このブログの閲覧が土日に伸びる傾向があり、
今週も、日曜にいつもより多く読まれておりました。
最近は、ゲームの記事の閲覧が多かったのですが、
今回は、研究所のテーマである虐待に関する記事の閲覧が伸びており、
うれしかったです。
これからも、みなさんに安心してご相談いただける様、
独自の視点で考察、執筆を続けられればと考えております。
さて、先週配信の有料メルマガ『さとうのメルマガ』第109回でも、
「心理学の罠」の一つとして、下でご紹介しているネット記事について、お話させていただきました。
文字数と執筆時間の関係で、タイトルの内容にはいけなかったのですが、
この記事、良い事を書いているように見えるのですが、
わたくしの様に、人格や人生を否定され続けてきた人間にとっては、
物凄く気になってしまう文章なのですよね。
「心理学の罠」を考える時、「決め付け・当てはめ型」と「断罪型」に分けられます。
こちらの文章は「断罪型」になります。
執筆者さんは、コミュニケーションや対人関係の専門家の様ですが、
わたくしの様な虐待被害者などを専門としてらっしゃらないのだと思います。
コミュニケーションや対人関係は、過去の境遇や出来事の影響を大きく受けるもので、
「そういう生き方しかできない」という方が少なくありません。
虐待のサバイバーが大人になってからも対人関係で苦しむ事になるというのも、
親に殺されない様、生き残るため、自分の中にある色々な物を捨てて犠牲にし、
今の「その方」があります。
そこに、心無い言葉、罵倒や侮辱、そして、断罪の言葉を浴びせられと言う事は、
その方が今生きている事、虐待から生き残った事が「悪い事」と言われている事と同義となるため、
余計に孤独に追いやられてしまいます。
これが支援、特にアドバイスをする上で大きな障害となってしまいます。
ここでは、その詳細はお話ししませんが、支援やアドバイスと言うのは、
正しい事だけを言っていれば良いという事ではないという事ですね。
そういう意味では、今回ご紹介した記事も、正しい事は書いてあるのですが、
助言というよりは断罪なので、アドヴァイスの難しさを改めて感じさせられました。
さとうかずや(さとう社会問題研究所)
『色気のない男は「ふざけるセンス」がない。「クソまじめ会話」からの脱却法』
https://citrus-net.jp/article/42223
■冗談や洒落が通じない人たち
すべての会話を真に受け、冗談や洒落として受け止めるべきところも流せない。通なら一緒にボケるところを「え? それは嫌ですよ。勘弁してください」と真顔で言ってしまう。そんな人がいる。その瞬間、 相手は「あ~、この人はこの手のタイプなのね」 と一歩引く。「融通が利かないタイプ」「楽しくない人か」 と落胆する。そして、コミュニケーションに一種、障害を持つ人だと判断してしまう。
心当たりのある方は、人生がパッとしない理由の1つがこの「まじめさ」かもしれない。まずは応急処置として“自分突っこみ”を頻繁に行うとよい。「またクソまじめに答えてしまいますけど…(笑)」という枕詞を用意する。するとそこに、親しみやすさが生まれる。本格的な改善はその後だ。
■楽しい発言こそが「正しい」
30 歳になっても 40 歳になっても、「おもしろキャラへの改善」から逃げてきた人は、最後のチャンスだと思ってやってみるしかない。まずは、人前でリラックスすることだ。脱力して「人の話はすべて真に受けない」と自分に言い聞かせ、もっと「適当」に話を聞く。
もちろん相手が真剣に話しているときに適当に答えては 「ナメてんのか?」となる。だから相手が真剣なときは真剣に聞く。「間に受けない」のは、楽しい会話や世間話のときだ。「この話は正しくもあり、正しくもない。正しさは関係ない。楽しさが重要」。そう思い込む。バラエティ番組のイメージだ。正しいか正しくないかではなく、面白いか。そのセンスを価値とする。重要なのは「ふざけるセンス」である。
正しい発言が「間違い」で、楽しい発言が「正しい」。そう思えば、この手のコミュニケーション障害は必ず改善する。使い分けができる、振れ幅のある大人になれば、あなたはプライベートでどこへ行っても引っ張りだこになれる。
※この情報は2017年10月28日時点のものです