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あらゆる社会での対人関係の問題は心の問題の原因にもなります。
法律や政策により苦しめられている方たちもいます。


さとう社会問題研究所では、社会問題を始め、
クライアントの抱える様々な問題解決のため、助言を続けています。

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みなさん、こんばんは。

先月までは、「貧しくなる国」というタイトルで書かせていただいていましたが、今月からは、少し趣向を変えて書こうと思います。

タイトルは、前向きなものにしたかったのですが、ネガティブな私が下手な言葉を使うと、どう考えても嘘っぽくなるため、適当な言葉にしました。


「貧しくなる国」を書き始めた理由は、ニュースを見ていると、政治屋さん同士の罵り合いが溢れていて、その方たちの顔を見ていると怖くなったからです。

経済的、精神的な貧しさが対人関係のトラブルを誘発する、反対に、対人関係のトラブルが経済的、精神的な貧しさを誘発する、まさに、政治屋さんの顔は国情そのもののように見えてしまいました。

そのため、私自身が貧しくならないよう、批判的な記事を書かないように心掛けたいと思いました。


と、言いながら、今回は、生活保護に関する福祉事務所の不適切な指導に関する読売新聞のネット記事をご紹介です。

すでに不適切である事を認め撤回されているという事です。


ただ、こういう指導が行われる背景として、やはり、「経済的自立」という事に対する考え方の問題が背景にあるのだと思います。

というのも、そもそも生活保護制度は、経済的な再生支援ではないですし、経済政策でもないです。

生活保護の受給要件が、自力による経済的な再生能力が喪失している事であり、要するに、「経済的自立ができない人」が受給の前提となっています。

そもそも、経済的に自己再生ができないから受給しているのに、この制度には経済的再生への支援はありません。

そのため、福祉事務所の考える経済的自立とは、あくまで、「生活保護費の削減」に過ぎない事になってしまいます。

そのための方法などは考えなくても良いのです。


また、生活保護の受給者の中には、重病や障害で就労不可となっている方たちも含まれています。

他にも、過去の年金政策の誤りで、年金の受給ができない、または低年金で生活できない高齢者の方たちもいますね。

これらの方たちに経済的自立を求める事は難しいでしょう。


「日本には中間的な社会保障制度が無い」という指摘で何年も前から言われています。

私自身は、生活保護制度は、戦略的な運用により経済政策としても転用可能だと考えているのですが、実際には、そういう議論がなされる事がないようです。

最近では、社会保障制度や増税の議論の際、全社会的な攻撃の対象として利用される事の方が多いです。

そういう意味では、生活保護制度には、「社会保障制度の根本的な問題を考えなくて良い」という、社会的利益が存在しています。

要するに、生活保護制度を批判する事による外部経済効果があるという事ですね。


このように、生活保護制度を考える際には、「経済的な自己再生が不可能な制度である事」と「経済的な自己再生な可能な人であるか否か」という2点、そして、「生活保護制度を批判する事による外部経済効果」を踏まえて考えなければ、批判の対象を誤る事になります。


私としては、とりあえず、経済的な自己再生のための制度のための社会調査でもなさった方が、先々の負担軽減につながると考えています。

って、私は、この手の話題では、いつも同じことを書いていますね。


生活保護世帯の長男独立を非難…市が不適切指導


大阪府大東市の福祉事務所(生活福祉課)が、5人暮らしの生活保護世帯で唯一働いていた18歳の長男が独立したことに対し、「世帯のための就労を続けるべきだった」と非難する指導指示書を出していたことがわかった。

世帯から相談を受けた弁護士は「居住移転の自由を侵害し、保護を受ける世帯の子どもをいつまでも家に縛りつけるものだ」と抗議。福祉事務所は、指導指示書を撤回した。

長男は今春、高校を卒業して就職。給料の大半が世帯の収入と認定され、その分、市が支給する保護費(保護基準額との差)が減っていたが、6月、別の住まいを借りて女性と暮らし始め、別世帯となった。

福祉事務所は「卒業後は世帯のために就労するよう指示してきた。長男が就労し、いずれ次男らも就労すれば世帯の自立につながるのに、自立から遠ざかる行為だ」と、厳しく指導する福祉事務所長名の文書(課長決裁)を出した。