さとう社会問題研究所・心理コンサルティングのブログ

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調査報告書の感想その4(2024/6/28)

 

みなさん、ごきげんよう。

 

雨が降っておりますね。

 

早いもので2024年も半分が終わります。

 

 

さて、今回も前回の記事でも触れていた「大阪府泉南市・中1いじめ自殺」の調査報告についてです。

 

泉南市中学生自死の重大事態の調査に係る報告書(要約版)

 

今回も、こちらについて、わたくしの見解を簡単に述べたいと思います。

 

依頼を受けた事案ではないため、詳細な分析ではない事はご了承ください。

 

なので、ここから先は「さとう社会・心理研究所」の視点になります。

 

今回も専門的な観点からの詳細な説明は有料メルマガでお話しすると思います。

 

前記事でもご紹介のマイクラ配信でもうろ覚えながらお話ししております。

 

配信やアーカイブにコメントも付いており、関心を持っていただけることを嬉しく思っております。

 

相談等をご検討の方には参考にして頂ければと思います。

 

 

配信しているのは同一の別人と言う体でやっております。

 

先日の配信ではご質問に対し一般的な回答をいたしました。

 

ただ、研究所の宣伝などは行っておらず、ご相談も行っておりません。

 

ご相談希望の方、研究所にご用の方はメールにてお願いいたします。

 

 

今回は調査報告書16頁、令和3年度4月分からです。

 

翔さんは中学に進学し、入学式には参加した後も自発的には登校できていなかった。

 

教員Sなどの働きかけで登校はするものの授業には参加できない状態が続いていた。

 

イモリの世話を熱心にしていたとの事で、これは良かったのではないかと。

 

4月の担任との話でも母は小学校での事を述べており、

令和2年5月の校長の暴言からも、当然ながら余程悔しかったのでしょう。

 

環境が変わった程度で解消できる高ストレス反応ではなかった事がうかがえます。

 

5月に母は指導主事に小学校へのペナルティと翔さんへの学習サポートを求めます。

 

この「小学校へのペナルティ」とは、一般的には要求が高すぎるもので、高ストレス状態の産物と捉えられると思います。

 

ただ、有料メルマガとマイクラ配信でもお話しした通り、

これは令和2年5月の校長の妄想虚言の意味を知るならば、当然の要求と言えるでしょう。

 

兄弟げんかやQUの記述は、翔さんが精神的に未だ極めて不安定な状態である事がうかがえ、

特に、対人関係の評価の低さや担任の認識との乖離は学校に通っている場合ではない。

 

命を優先するのなら、医療や心理面での介入の必要を求めるべきであった。

 

6月に学校は全校生徒を対象にいじめに関するアンケートを取ったものの、

翔さんからは個別指導を受けている事を理由に筆記によるアンケートを取る事がなかった。

 

担当教員は個別指導における聞き取りの中でいじめなどの存在が無い事を確認し、

他の生徒の回答からもいじめの記載は確認できなかったとある。

 

恐らくは、このアンケートも翔さんの状態を軽視した原因となったと思われる。

 

まず、翔さんにとって問題なのは小学校での出来事のため、中学での調査に意味はない。

 

しかしながら、そもそも、調査としてのアンケートの取り方に問題がある。

翔さんから記述式で調査を行っていたら、小学校に関する記述を得ることができていたかも知れない。

 

仮に、小学校に関する記述を得られたとして中学校にできる事はなかったであろうが、

それでも、翔さんの憎悪や苦しみを生きた証として残すことはできたのではないかとは思う。

 

中学校が小学校の卒業証書を翔さんに授与した。

これについて、母親は教育委員会へ小学校の問題を終わらせる意図であるのかをメールをしている。

 

教育委員会からの回答に対し、関わった全ての教員から謝罪文を提出させるよう求めた。

 

これに対し、小学校側は教育委員会と協議し、自分たちこそ被害者であると捉えており、

令和2年5月の暴言がモラハラ加害者特有のスッキリして忘れてしまっているのが分かる。


スクールソーシャルワーカーサポーターという未熟者が湧いて出てきている。

 

母の高ストレス状態だけは理解できていたものの、目の前にいる一方当事者の言葉を鵜呑みにしてしまっている。

 

また、ここにある「先生が疲弊するだけなのでまともに対応してはいけない」という趣旨の言葉がモンスターペアレントと言う認識に強く影響したと考えている。

 

また「一人一人の先生に謝罪文を書かせてもこの問題は解決しない」と発言したとあり、学校と教育委員会の対応に墨付きを与えたと思われる。

 

なお、母と翔さんにとって、小学校に謝罪文を書かせることには重要な意味があるという事は、先週のマイクラ配信から当然に導かれる。

 

社会問題に於いては金だけ目当てに中途半端な専門家や支援者が介入して問題が複雑化する場合が多々見られるが、

この問題もスクールソーシャルワーカーサポーターが「加害者の支持者」「暴力の支持者」として機能した可能性がある。

 

なお、わたくしが、この感想を「調査報告の事実認定」に忠実に行っている理由でもある。

 

この点の説明も、科学者としてプロのコンサルタントとしての姿勢の話として先週のマイクラ配信でお伝えしている。

 

8月には大阪法務局人権擁護部に小学校の出来事について、大阪府に対しては教育委員会が家族を嘲笑っている旨のメールを送っている。

 

「何の解決もなく、困っている時だけ聞くのは悪質」という言葉は、一般の行政相談でも見られるもので、わたくし自身、そういうご相談を受けていた事がある。

 

母は指導課長との電話で小学校が謝罪文を拒否した以上、教育委員会として処分すべきだと訴えている。

 

これに対し、教育委員会は「訓告を行っている」という旨と、何度も謝罪をして誠意を示しており、これ以上の対応はできないとこれを拒否した。

 

一見すると、母親の要求は過剰で教育委員会の対応は毅然としたものと思われるであろうが、

先週のマイクラ配信での説明をお聴きくださった方にとっては当然の要求である事はご理解いただけると考えている。

 

ただし、教育委員会が令和2年5月の校長の発言にどこまで関わっているかは記載がないため不明であり、

この点が先の未熟者のミスリードなど加害者側の認識の齟齬に繋がっていた可能性は否定できない。

 

しかしながら、この教育委員会の対応と母が大阪府や法務局にメールを送るようになった時期が重なる事には重要な意味がある。

 

この辺りの詳細は有料メルマガにてお話しする予定。

 

9月に指導主事は母に電話したところ、翔さんが少年院帰りと言われており、この事は担任に伝えているが、誰に言われているのかは翔さんが言わないので分からないとの事。

 

翔さんはNPOに相談したことで市議会議員に話が伝わり、教育部長と参与が市議会議員に話に言ったとの事。

 

「市議会議員には部長級が話に行くのね」というのが感想

 

母が度々メールを送っていたからか、教育委員会は大阪府教育委員会に緊急支援チーム派遣の検討を要請したとの事だが、

難の支援をしてもらうつもりだったのかは不明。

 

指導主事からの電話に対し、母は翔さんが兄と同じクラスの生徒から叩かれた。だが、誰に叩かれたのかは言わないとの事。

兄と翔さんに対し、まわりの子の印象が変わる様な取り組みをして欲しいと話し、具体的な対応を求めている。

 

10月には、大阪府と泉南市の教育委員会がケース会議を行い、教員Sが母に電話し、同日家庭訪問。

 

岸和田子ども家庭センターに相談に行くことを勧めた所、母は大事にしたくないと言って断ったとある。

 

この辺りの記載は「支援を断る」という意味で社会問題の当事者に多々見られる傾向であり、いじめ等でも見られる傾向である。

 

特に、「被害者がカウンセリングを受ける」という事への拒否感は明らかで、「加害者が変わる事」に拘り、事態が膠着し、加害者側に有利に事案が進む事になる場合もあった。

 

しかしながら、カウンセリングは罰や矯正の類ではなく、ただのカウンセリングに過ぎない事は知っておいていただきたい。

 

ここでカウンセリングを例に出したのは、感想その1の時点で「翔さんと母はカウンセリングを高ストレス状態にあり受けた方が良い」と述べていたからである。

 

それは別として、記載の通りだと、母がこども家庭センターへの相談を拒んだことは悪手である。

 

しかしながら、児童相談所に相談する事への不安があった事は理解できる。

 

児童相談所問題などを知れば、教育委員会が母の状態を伝え、相談を口実に翔さんと兄を一時保護の名目で誘拐、殺害する算段を付けていたと考えても不思議ではない。

 

そのため、カウンセリングをお勧めした記述では、「泉南市外で教育委員会と無関係な人」と述べていた。

 

11月、教員Sが家庭訪問を行い、翔さんから少年院帰りなどと言われる事について、どうして小学校に通えなかったのかについて、手紙に基づいて1年生の生徒に伝えて欲しいと要望し、教員Sは持ち帰った。

 

その後、教頭と教員Sが家庭訪問し、管理職と教育委員会と協議した結果、要望を拒絶する旨を伝え、母は今後学校からの電話には出ないと伝え、翔さんもこの日以降、令和4年2月まで登校しなかった。

 

指導主事と母が電話で話をし、阪南市への中学への転校を希望を伝えた。

 

12月、指導主事は母に電話し、原則として泉南市の中学校に通うべきである事、中学校の校長から「もう少し学校に来てもらえるよう頑張りたい」と意向を受けていると伝え、転校の要望を拒絶した。

 

1月に指導主事は教育支援センターへの通室を勧めたが、母はこれを拒絶している。

 

母は翔さんが興味を示さないだろうと答えているが、市外への転校への対案として教育委員会の施設を勧められても

 

そもそも、ここまで丁寧に記述してきたのでお気付きであろうが、教育委員会は翔さんや母の要望をすべて拒絶しており、この提案を受諾することは隷従の受容を意味する。

 

そのため、心理的反応としてこれを拒絶するのは当然の事であるが、自分たちこそ被害者であると思い込んでいる加害者には理解できる訳がない。

 

「この頃、当該児童は叔母に対して、「友だちは仕方がないとしても、自分を助けてくれるおとながいない、先生に訴えても聞いてくれない、助けてくれる存在がいない。」と話した。」とあり、翔さんが社会的に孤立し、教育委員会や学校の対応に深く失望していた事が分かる。

 

なお、それに対し、教育委員会と学校がしたのは被害者面で「学校に来い」と壊れた蓄音機の様にほざき続けただけである。

 

念仏なら坊主が唱えていれば良い。

 

2月に翔さんは教員Tの家庭訪問に応じ、学校に行き給食を食べ、教員Sと会話し、翌日も学校に来ると発言したが、その後は一度も登校しなかった。

 

その後、教員Tは家庭訪問した時、翔さんから来ないで欲しいと強く言われ、その後は翔さんが亡くなるまで教員は誰も家庭訪問をせず、翔さんと逢う事はなかったとある。

 

この記述を見てお気付きの方もいらっしゃるだろうが、恐らく、翔さんはこの時には決めていたのだろうと思われる。

 

事実認定を見る限り、翔さんが希死念慮を訴えたという記述がなく、

翔さん自身は最期まで生きる事を諦めてはいなかったと考えている。

 

ただ、わたくしは自殺した方のご遺族の話をうかがった事があり、どちらかと言えば、翔さんのケースはそれに近い。

 

そもそも、希死念慮を訴えたり、自殺未遂をする方は死への抵抗として行っている事の方が多く、

もちろん、軽く扱う事はないが、元気に振る舞ったり何も言わない方に比べれば安心できるというのが実際である。

 

だから、最後の力で学校に行き、給食を食べ、教員と会話し、学校での思い出を作ろうとしたのだろう。

 

翌日も学校に行くと言った言葉には嘘はなかったかも知れない。

 

そもそも、中学での記述を見るに、小学校以上の出来事はなく、翔さんを理解せず被害者面で苦しめていたのは教育委員会である。

 

ただ、もう学校と関わる力が残っていなかった。だから、行くことができなかったのではないかと思われる。

 

教員Tを強く拒絶したのも、誰かに恨みがあったからではなく、

これ以上、誰も恨みたくなかったからではないかと考えている。

 

言い替えるなら、それだけ最後の登校は楽しかったのではないか、と言う事だ。

楽しかったからこそ、その思い出を胸に孤独に生きる事を選んだ。

ではなく、楽しかったからこそ、その思い出を胸に死にたかった、という事なのだと思われる。

 

もちろん、翔さんが死を覚悟して意識的にそうした、という話ではなく、むしろ死への抵抗としてそうした、という話である。

 

死を美化するつもりは毛頭ないため記述に矛盾があるのはお許しください。

 

3月の記述は簡潔に述べる。

 

教育委員会は以前に母が相談していた国会議員の秘書と協議し転校を進める方針となり、ただし、自宅から近い泉南市内の中学校を想定していた。

それは母を通じ翔さんにも伝えられた。

 

24頁中段が翔さんに関するの最期の記述となる。

 

ある母との会話、兄が高校受験に合格し翔さんはこれを慶んでいた。

その後、家族で昼食を摂りに行くことになったが翔さんは嫌がっている。

 

母の説得で一緒に昼食に行き、6月発売のゲームソフトを買ってもらう話をしていた。

このため、翔さんは12月の誕生日プレゼントをもらわず延期しており、一般的には自殺をするとは思えないであろう。

 

その後、翔さんは「遠い所に行く」言って旅立った。

 

簡単ながら、令和3年度の指摘となります。

 

これだけで5000文字になっておりますね。

まとまりが悪いですが、翔さんが孤独に戦った苦しみの記録なのでご理解ください。

 

経緯については28頁までありますので、ここから先は別稿、

有料メルマガやマイクラ配信などでお話しできればと考えております。

-

 

では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

近況と最近の発信(2024/6/25)

 

みなさん、ごきげんよう。

 

今年は梅仕事を色々とやっております。

 

季節的に体調を崩しがちですが、何とかやれております。

 

 

さて、今回も最近の発信についてです。

 

Xではポストもしておりましたし、毎週土日のマイクラ配信もやれておりました。

 

マイクラは砂漠にて畳の制作を進めております。

 

Xでのポストについては、そちらをご確認いただければと思います。

 

さとう院さとう(さとう社会・心理研究所)(@s_splnet)さん / X

 

今回は前記事で簡単な感想を述べていた「大阪府泉南市・中1いじめ自殺」の調査報告書についてです。

 

先週のアメブロ記事にてお話しした「調査報告書の感想その3(2024/6/21)」では、

令和2年4月に交代した校長の問題点をメインにお話ししております。

 

これらの点について、有料メルマガでは、より専門的な観点から説明を行っております。

 

特に、この校長は調査報告に記載されている言葉などから、「論破王」と呼んでいるタイプのモラハラ加害者傾向と見られる事。

6月の家庭訪問にて翔さんやお母さまに言ったという言葉を分析した結果をお話ししております。

 

うろ覚えではありますが、下でご紹介のマイクラ配信内でもお話ししているので、

気になった方はぜひ、ご視聴いただければと思います。

 

また、最近の配信のアーカイブにコメントをいただいており、

特に日曜日の配信では、「人間不信からの立ち直り方」というご質問にお答えしておりました。

 

 

わたくしは事案は違えど、基本的には毎回同じことを申しております。

 

社会問題の解決に必要な考え方、暴力の論理の前には、

「自分には関係ない」と言う考え方は許されない事を学んでいただけるかと思います。

 

ご相談を検討なさっている方、このブログや研究所のサイトをご覧いただいている方には、

「こういう人」という参考にはして頂けるかと思います。

 

 

24分ごろから「大阪府泉南市・中1いじめ自殺の調査報告書」ついて

 

 

 

13分ごろから「人間不信の克服法」

35分ごろから「大阪府泉南市・中1いじめ自殺の調査報告書」ついて

 

 

 

では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

調査報告書の感想その3(2024/6/21)

 

みなさん、ごきげんよう。

 

また体調を崩して気分が優れません

 

今週は、またご相談のお手紙をいただいております。

 

お返事に時間がかかるので来月以降のお返事となりますが、有意義なやり取りが続いております。

 

 

今回は前2回の記事でも触れていた「大阪府泉南市・中1いじめ自殺」の調査報告についてです。

 

泉南市中学生自死の重大事態の調査に係る報告書(要約版)

 

今回も、こちらについて、わたくしの見解を簡単に述べたいと思います。

 

依頼を受けた事案ではないため、詳細な分析ではない事はご了承ください。

 

なので、ここから先は「さとう社会・心理研究所」の視点になります。

 

今回も専門的な観点からの詳細な説明は有料メルマガでお話しすると思います。

 

前記事でもご紹介のマイクラ配信でもうろ覚えながらお話ししております。

 

Xにて触れた所、お話ししている時間、全部をお聴きくださっている方もいらっしゃるようです。

 

ただ、マイクラ配信にコメントが付いていたのですが削除されていた様で残念でした。

 

相談等をご検討の方には参考にして頂ければと思います。

 

 

配信しているのは同一の別人と言う体でやっております。

 

配信では研究所の宣伝などは行っていないので、ご相談希望の方、研究所にご用の方はメールにてお願いいたします。

 

 

今回は調査報告書13頁、令和2年度4月分からです。

 

2020年はCOVIDが世界中で混乱を引き起こしており、ロシアやイスラエルの頭がおかしくなった原因でもあります。

 

日本でも、せっかくの機会であったにもかかわらず社会は同調圧力で国民を監視、支配するようになった。

 

政治屋や裁判所、警察や検察、自衛隊など、公然と罪を犯し開き直る様になりました。

 

そういう時代背景、社会背景を基に事案は経過します。

 

 

今回は翔さんの死につながる重要な出来事が重なります。

記述に沿っており、長文化してしまっております。お読みの際はご注意ください。

 

 

平成29年度の事案を知る校長が交代し、学校全体がCOVIDの対応に追われるようになった。

 

当然の事として、殺害された松波翔さん、調査報告で言う当該児童への対応は後回しにせざるを得ない状況となった。

 

電話に出られなかったり折り返しができなかったのは、COVIDへの対応が原因であったのかも知れない。

 

5月初旬には兄が同級生から悪口を言われたり叩かれる事案があったものの、

兄は仕返しを恐れており、学校側も指導する形で落ち着ている。

 

ただ、元より信頼関係が破たんしている中、それを放置して中途半端なコミュニケーションをとり続けた結果、

言葉の行き違いが顕著となる様になっている。

 

それは登校に関するやり取りなどの認識にも顕れていた。

 

翔さんが登校しないため、教員Jが祖父宅にて翔さんと2回お話しし、「正常授業が始まる6月1日まで休むか」と尋ねたとある。

その後、校長と教員Iと教員Jが家庭訪問しても不在で、その後の教員Iが電話をした際、母から「教員Jが6月まで学校の来なくて良いと言った」とあり、これは翔さんからの伝聞であろう。

 

その後、教員Iと教員Jが家庭訪問した際、「インターホン越しに、6月まで学校来るなと言ったのは学校側だと説明」とある。

 

教員Jの真意はともかく翔さんが被害的にその言葉を受け止めていたと考えられると同時に、

母親も、家庭訪問があるまで言葉の意味の確認をしていない事から、学校への不信が尋常ではないレベルだったのであろう。

 

同時に、「新しい管理職が顔を見せて対応しないことについて批判」とあり、

これは、母にとっての問題は平成29年の教員Fによる事案であったのだと考えられる。

 

これを受けたのであろう。13頁の最後の記述として、交代した校長が教員Iらと共に家庭訪問を行っている。

そして、教員Fと並ぶ最悪の人物であったと考えている。

 

まず、本来自分とは関係ない出来事であるため、「聞いている」と第三者視点で語っていたのは記述で分かる。

ただ、同時に、

 

「警察も1回来たことがあるが、体罰ではないというふうに解決したと聞いている」

「誤解があったことも聞いている」

「お母さんは学校の中のことって見えませんよね」

「(教員Fについては)本当に不備があったら処分される」と説明し、

翔さんの説明に対しては「(教員Jはそのようなことは)言ってません」と話し、翔さんに同意を求めたとある。

 

何がどう悪いかは有料メルマガでお話ししたいと思います。吐きそうですが。

 

ただ、この校長はとても頭が良くて組織で出世できた保身に長けた人物であると同時に、

教員Fとは違う方向で最悪の人物であったと考えております。

 

具体的には、「論破王」と呼ばれるタイプのモラハラ加害者です。

この詳細も有料メルマガでお話ししたいと思います。

 

揚げ足取りと保身に長けた校長さまは、訪問は2人で行い録音をする様に指示している。

その頭の良さをもう少し別の事にお使いになった方が良いというのが感想です。

 

論破王は家庭訪問で余程ご活躍だったのだろう。

その訪問後、6月には翔さんの態度はこれまで以上に硬化してしまっている。


6月最初の記述では、教員Iらは翔さんに登校を促し、翔さんは警察を呼ぶと言われている。

この時点で論破王の失敗を知るべきだったがモラハラ加害者は自らの過ちを認める事はない。

 

兄から教員Iに電話と翌朝の家庭訪問を求めた所、教頭と教員Jが訪問し母親を激怒させている。

そして、翔さんからは不法侵入で警察を呼ぶと言われている。この際、修学旅行の話が出たとの事。

 

次の記述では3人目の愚か者、教員Kが教員Jと家庭訪問をした。

 

翔さんの肩を封筒でトントンとし、翔さんから暴行罪で訴えると言われ、

愚か者は笑いながら「ごめんごめん。やらんわ。もう」と答えたとある。

 

愚か者は何を聞かされていたのか知らないが、事の重要性を理解していなかったのは間違いない。

むしろ、終わった事に執着していると軽視していたと考えられる。

 

冗談は会話の潤滑油になるのは間違いないが、信頼関係が破たんしている場合、

冗談が通じなくなっているのが一般的である。

 

ただ、いじめやパワハラの事案でも加害者は「いじり」や「冗談」という言葉で否定することがあり、

教員Kが事情を詳しく知らなかったとしても、

これは当時の学校としての認識を代表していた記述であったと考えている。

 

7月に兄は学校に対し、翔さんが未だ他の児童から嫌がらせを受けていると説明したとあるが、対応した記述がない。

 

9月に学校は修学旅行の案内を6年生に出し、母親も参加すると返答していたとの事。

10月頃、母親は翔さんへの配慮を求めており、記述の通りだと校長も一定の対策を講じていたとの事。

 

ただ、翔さんはクラブ活動の時間帯に学校の門から学校が配布したプリント類を投げ入れ、

母は条件に対応できない場合、修学旅行に参加できないと伝えたとの事。

 

修学旅行はライフイベントの一つとも言えるものでしょう。

これらの言動からも、翔さんの精神状態の悪化や母の学校への不信がうかがえる。

 

結果、修学旅行前日になり、「修学旅行の契約について」という書面を投函し、

翔さんは人生の最初で最後となる修学旅行にすら参加できなかったとの事。

 

それによると、入金が確認できなかった事に加え、母と翔さんから不参加の意思表示を確認していたとの事。

さすが保身と他罰に長けた出世頭のパワハラ加害者、論破王らしい内容ですな。

 

「加害者は先行行為を無視して被害者面で被害者を攻撃する」

 

恐らく修学旅行は小学校にとって最後の機会だったと思われます。

その後、母の対応は拒絶的なものとなっている。

 

1月には母は中学の修学証明書を着払いで学校に返送しており、その凄まじい拒絶感がうかがえる。

 

3月には卒業式が開催されたものの、当然の様に翔さんは参加できず、

式では名前の読み上げもなく欠席者1名と報告されたとの事。

 

当日、教員Iは家庭訪問をし、母親に卒業証書などが入ったカバンを渡そうとしたが、当然拒否されている。

 

別の日に校長らは家庭訪問をするものの母に逢えず、

祖父の家に行き母が受け取らなかったカバンを押し付け給食代を徴収している。

 

恐らく、学校側は面倒事から解放され、さぞや安堵していた事だろう。

 

中学校の教員Uは兄の事で電話した際、母から翔さんについての引継ぎ内容などへの懸念を伝えられている。

 

その引継ぎ資料では「事実ではない事を主張した」

「毎朝、児童生徒支援加配や通級の先生が登校支援をしたり、放課後担任が家庭訪問をしたりしたが、登校する気配はない」

「重要な書類を届けても、学校に破りに来たり、学校に送り返したりと拒否反応を示した」

 

と、母親の懸念通り、まるで自分たちこそ努力してきた被害者であると言わんばかりの記述となっている。

 

これまでの記述を要約すると、

 

学校側は事の原点である教員Fの問題は完全無視して翔さんに登校を促し信頼を自ら毀損し続けてきた。

 

対して、翔さんや母親も教員Fの問題を体感的には理解できていたのであろうが、どこまで表現できていたのかは不明である。

同時に、兄との間の解決などの情報が不明であるため、ストレス反応に関する記述ばかりが目立つ。

 

学校側は自分たちの問題を無視して翔さんや母と向き合う事でストレス反応を引き起こしておきながら、

翔さんや母親の狂乱こそを被害的に受け止め、誠実に向き合っていたと錯覚し続けていた。

 

特に、論破王の家庭訪問の後、翔さんの拒絶感は記述の変化からもうかがえ、明らかに失敗であったことが分かる。

 

また、修学旅行は学校側にとって信頼を取り戻せる最後の機会であった。

 

しかしながら、多くのDVやパワハラの事例でも見られる通り、それを活かすことができなかった。

 

自分たちこそ被害者であると信じており、その意識すらなかったのであろう。

 

結果的に彼らは被害者の責に帰すという最悪の形で終わらせてしまった。

 

その後、拒絶感は母親のものともなってしまっていた。

 

揚句、中学校への引継ぎ内容となった事は容易に想像ができる。

 

 

簡単ながら、令和2年度の指摘となります。

 

これだけで3200文字になっておりますね。

まとまりが悪いですが、翔さんの苦しみはこの程度ではなかったとご理解ください。

 

経緯については28頁までありますので、ここから先は別稿、

有料メルマガやマイクラ配信などでお話しできればと考えております。

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では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング