先日、家の近くの坂を上っていたら、例のおじさんに声をかけられた。
このおじさんは坂の頂上に建っているアパートに住んでいて、坂を通る人たちに
日時について質問するのが常である。
ところが、今回、初めて日時と関係ない質問だった。彼は左手に電球を持っていて、
「これ、どこ行ったら買えるやろう?」と聞いてきた。電球が切れたらしい。
従来の電球はもう製造中止になっており、LEDしか買えないはず、LEDは高い、
高いけれど節電効果があり、私の場合リビングと廊下の電球を全てLEDに交換しただけで、
対前年同月比-25%になるほど効果があったこと、LEDを買うなら梅田の大型電気屋さんに
行けば種類が豊富でポイントで買えたりする、でも、電球1個しか買わないなら梅田に行く
交通費を考えると近所で買うほうが安い、などと一気に頭に浮かんだが、話が長くなるので
近所のスーパーでの購入を提案した。すると、おじさんは私の提案を完全無視して、
「近所の電気屋で売ってるわなぁ」と言った。
「売っていると思います。」と答えた。
何日かして、このおじさんとの会話が急に気になり出した。彼は誰かに
質問しているが、本当に知りたくて聞いているのではないようだ、と。
もしかしたら不安な気持ちをかき消すために聞いているのではないかと思い始めた。
こういう場合、
「どこ行ったら買えるんやろう?」と聞かれたら
「どこ行ったら買えるんでしょうねぇ」とオウム返しで答えれば良いらしい。
カウンセリングの勉強をしている知人が、相談相手の話を聞いている時、オウム返しで
返答すると相手はとても満足して心が落ち着いてくる、と言っていたのを思い出した。
来る日も来る日も一人ぼっちで寂しくて不安で仕方なくて質問しているのだろうか。
しかし、どんなにたくさんの人に囲まれていても寂しい時もあるし、一人でいるから
寂しいとも限らない。寂しさというのは一体どこからやって来るのだろう。そんなことを考えた。
