第48回 2000年も3・3・SUNフリーで乗りつぶし(6) | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。

前回のつづき…

2000年8月9日、フリーきっぷの最終日は、名鉄と近鉄の路線を乗りつぶしつつ自宅へ戻りました。
2000年8月9日(水) 【前半】

新名古屋902(名鉄名古屋本線→常滑線・特急)931常滑953(名鉄常滑線→名古屋本線・急行)1031新名古屋(徒歩)近鉄名古屋1051(近鉄名古屋線・急行)1110桑名(徒歩)西桑名1130(近鉄北勢線)1230ごろ阿下喜(徒歩)伊勢治田1255(三岐鉄道三岐線)1305西藤原1316(三岐鉄道三岐線・保々駅にて車両交換)1359近鉄富田1405(近鉄名古屋線)1412近鉄四日市<昼食>  【次回へつづく】  (時刻は一部推定)

この日は朝寝坊してしまい、スタートが遅れてしまいました。毎度の事ながら、自分の計画性の無さには……(以下略)。

新名古屋駅近くの地下街でモーニングセットを食べて、朝9時前に新名古屋駅に向かいました。今日最初は常滑線の乗りつぶしをします。中部国際空港の開港を5年後に控え、常滑駅付近が大きく変貌する事態を見越して、今のうちに常滑線に一度乗っとこう、という訳です。
ちょうど新名古屋9時02分発の常滑行き特急(全車特別車)があったので、ミューチケット(350円)を購入して、真ん中の3番線ホームで待っていると、特急の車両が1000系『パノラマスーパー』でした。展望席にすれば良かった…と思いましたが入線時に気付いてはあとの祭りでした。

乗客はスポーツ新聞などを持った中高年男性が目立ちました。終点の常滑には『とこなめ競艇』があるので、開催日か場外発売日かは記憶にありませんが、とにかく競艇場で舟券を購入する客が多かったです。

新名古屋を発車し、神宮前から常滑線に入り、大江では昨日乗った築港線を眺めます。大同町、柴田はまだ地上駅でした。河和線が分岐する東海市の太田川を過ぎ、知多市の古見~長浦などの車窓を見ていると、この辺は昔は海岸線を走っていたのかなぁ~といった感じですが、今日では新舞子付近まで埋立地が続いています。
大野町から常滑市に入ります。結局車窓からは空港の位置が特定できないまま常滑駅に到着しました。


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常滑駅は頭端式ホーム2面4線で、規模の大きい終着駅ですが、近いうちに取り壊す事が決定しているためか、構内はかなり古びていました。
一方、駅ビルは比較的新しかったですが、写真の部分(東半分)は空港線建設のために、どうやら取り壊されてしまったみたいです。

常滑からは7000系6連『パノラマカー』の急行で新名古屋まで戻ります。展望席を取りに行きましたが、先客がいて2列目で我慢しました。ちなみに先客は左右2名とも新名古屋まで乗り通しました。

新名古屋に戻り、実家に名古屋名物『ういろう』のお土産を買い、近鉄名古屋駅から名古屋線の急行に乗ります。名古屋線の急行は伊勢中川寄りに5200系などクロスシート車を連結している場合が多く、私はもちろん?5200系の転換クロスシートに陣取ります。5200系はJR西日本の221系・223系電車の【元祖(?)】だけあって居住性は良かったです。しかもドア横や車端部のシートも転換可能で向かい合わせに座らなくても良い構造なので、着席できれば快適な車両です。反面、混雑時はドア周りが広い223系の方が楽です。

このまま伊勢中川まで行きたかったのですが、そうは行かず、桑名で下車して次は軌間762mmの特殊狭軌線である近鉄北勢線(現在の三岐鉄道北勢線)の乗りつぶしをします。


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起点の西桑名駅は、地図で見ると桑名駅の東にあります。「西桑名」の駅名の経緯は、かつて北勢線は西桑名駅から東の桑名市街まで延びていた名残です。

北勢線電車はやはり狭かったです。ロングシートの車内は座席が埋まると両側の人の膝と膝の間隔が狭くなり、車内の移動が少ししんどいです。私は着席せず、最後部の扉から車窓風景を楽しみます。乗客は高校生で席が埋まりましたが、楚原まででほとんど下車しました。
北勢線電車はスピードが遅く、全線20.4kmを約1時間もかけて終点の阿下喜に到着しました。


イメージ 3
終点の阿下喜駅からは北勢線をそのまま引き返さずに、三岐鉄道の伊勢治田駅まで歩いて行きます。事前に地図で調べた結果、両駅間の距離が近かったので徒歩で行けると判断しました。
しかし、員弁川の橋から伊勢治田方を見ると、予想外の上り坂が…。地図上の等高線を見逃していました……。気が焦って走ってしまい、汗だくになりながら約2kmの行程を20分で駆け抜け?、伊勢治田駅に到着しました。
三岐鉄道の駅は一部を除き有人駅で、きっぷは出札窓口で購入します。私は西藤原までの乗車券を購入しました。きっぷは昔ながらの硬券でした。

西藤原行きの電車(3両編成)はすぐにやって来ました。さっき走ってなければ間に合わなかったので、少しは報われました。
乗客は少なかったです。東藤原には大規模なセメント工場があり、側線には貨車が多数停まっていました。


イメージ 4
終点の西藤原に着きました。『三岐』線ですが、三重県内でレールが途切れています。関ヶ原までの延伸は今となっては夢物語です。

西藤原からは三岐線を引き返し、近鉄富田行き電車を終点まで乗り通します。伊勢治田を過ぎても沿線風景はローカル線そのもので、乗客もなかなか増えません。
また、三岐鉄道三岐線は貨物輸送の割合が高く、途中駅で貨物列車とも行き違いをしました。

車窓風景を楽しんでいると、保々の手前で突然車内放送が流れ、次の保々駅で車両交換をするのでホーム向かい側の電車にお乗換下さい、という旨でした。車両交換? 無知な私は車両交換の意味が理解できないまま、保々駅では言われるがままホーム向かい側の電車に移ります。行先は両方とも近鉄富田でしたが、当時は、これだったら初めから保々を境に別列車に仕立てた方が良いのでは?と思いました。しかし実際は西藤原発保々行きにしてしまうと、いくら注意書きで近鉄富田行きに接続すると記してあっても保々より先に行く旅客がこの列車に乗らない可能性があるため、近鉄富田行きにしているのだと思います。

保々からの車両も3両編成でした。相変わらず乗客は少なかったですが、近鉄富田に近づくにつれて次第に増えてきました。三岐朝明信号場ではJR富田駅へ向かう線路(貨物線)と分かれ、こちらは近鉄連絡線を走行し、近鉄富田駅に到着しました。三岐線のホームは近鉄名古屋線の名古屋方面のりばの同じホームの向かい側です。

改札を出ずに近鉄名古屋線に乗り換え、名古屋地区でしか見かけない2000系3連の普通で近鉄四日市まで行って、一旦改札を出てロッテリアで昼食を食べました。 (つづく)


今回の踏破路線

路線名区間距離備考
名古屋鉄道 常滑線大江~常滑25.5km踏破達成!
※1)近畿日本鉄道 北勢線西桑名→阿下喜20.4km踏破達成!
三岐鉄道 三岐線西藤原→三岐朝明信号場25.5km踏破達成!
三岐鉄道 近鉄連絡線三岐朝明信号場→近鉄富田1.1km踏破達成!
※1)現在は三岐鉄道北勢線。

(参考:Wikipedia)