オフィーリア  (ジョン・エヴァレット・ミレイ) | ArtHoLic ~ art & design ~

オフィーリア  (ジョン・エヴァレット・ミレイ)

オフィーリアとは、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』に登場する悲劇のヒロイン。ハムレットに捨てられ、誤って父を殺され、気がふれたオフィーリアが死んでいくさまは劇中では王妃ガートルードの台詞のみで次のように語られる。


「小川のふちに柳の木が、白い葉裏を流れにうつして、斜めにひっそり立っている。オフィーリアはその細枝に、きんぼうげ、いらくさ、ひな菊などを巻きつけ、…あの紫蘭をそえて。そうして、オフィーリアはきれいな花環をつくり、その花の冠を、しだれた枝にかけようとして、よじのぼった折も折、意地わるく枝はぽきりと折れ、花環もろとも流れのうえに。すそが広がりまるで人魚のようにただよいながら、折りの歌をくちずさんでいたという、死の迫るのも知らぬげに、水に生い水になずんだ生物さながら。ああ、それもつかの間、ふくらんだすそはたちまち水を吸い、美しい歌声ももぎとるように、あの憐れな牲えを、川底の泥のなかに引きずりこんでしまって…」
―『ハムレット』第四幕より 



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初めてこの絵を知ったのは大学生の頃、絵画についてのレポートを書く為でした。他のブログにも書いているように、絵画については全くの絵画音痴との思い込みにより一切触れることの無いジャンルでもありました。
しかし、この絵を発見した時、他のものにない強い感情を覚えました。
そしてレポートを書くあたり、この絵について調べれば調べるほど「本物が見たい」と言う感情に襲われました。


そんなマイブームが過ぎ去った2008年、原宿駅に張り巡らされたオフィーリアのポスター。
感情が再加熱し、急いで「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」を見にBunkamuraザ・ミュージアムへ訪れました。



展示会場に入ってすぐに、この絵が飾られていました。
想像より大きな(76.2×111.8cm)この絵の周りには沢山の人が群がっていました。
客観的に見て、額縁がオフィーリアの棺のように、また観客が参列者の様な印象を受けました。


その後、絵に引き寄せられるかの様に前まで行き、精神が吸い込まれるかの様な感覚を覚えました。
絵をよく見ようと思い試みるのですが、気づけば、思考回路が中断されます。
絵画一枚にこんなに魅了された事はありません。


生きているのか、死んでいるのか、またはその狭間なのか。


うつろな眼、ほんのり赤らむほほ、思いに浸るような口。
今にも手から解けおちそうな花環。
ふんわりと広がるドレスのすそは、今にも水分を含み彼女を川底へと導きそうです。


『妖艶』と言う言葉がここまで合致するものは見たことがありません。



この絵は、冒頭に記載したシェイクスピアの戯曲を忠実に再現されています。
私は『悲劇の中にいた彼女が、死を迎えることにより その束縛からの解放された瞬間』が描かれているではないかと思います。


現にミレイは背景の中に描写される草花には象徴的な意味が込めています。
ヤナギは見捨てられた愛
イラクサは苦悩
ヒナギクは無垢
パンジーは愛の虚しさ
首飾りのスミレは誠実・純潔・夭折
ケシの花は死


背景になる花々にもピントをあわせる事により、この絵画は死にゆく彼女が見た走馬灯も同時に描いたのではないでしょうか。



通常、絵画には構図があります。
中心に一番見せたいもの、そこから流れるように様々なところへ導かれるようにポイントが散りばめられています。鑑賞者はそれらを追うように順番に見て行き最終的に絵全体を見るように作られています。


しかし、この絵画は全てが見せ場であり、目の誘導を拒むようでした。
私が、中盤に書いたように思考回路が中断される感覚はこの為だと考えられます。
例えば、表情をまず見て次に目が行くところが、漠然としたこの絵全てなのです。


この絵は、全てが、儚さと一番美しい瞬間が同時に描かれている絵画です。
よくある人物画のとの違いは、本作を見ることにより覆されるでしょう。




また、この作品には裏のエピソードがあります。


オフィーリアのモデルを務めたエリザベス・シダルは湯の張られたバスタブの中でポーズを取り続けました。
制作に熱中していたミレイは浴槽の下に置かれたお湯を温めるランプが途中で消えた事に気づきませんでした。
それでもポーズをとり続けたシダルは、ひどい風邪を拗らせてしまい、彼女の父親から抗議を受けました。


また、その後シダルはロセッティと結婚をします。
しかし、最初の子供を死産したあと、阿片チンキを大量に飲み1862年33歳の若さで他界しました。




ジョン・エヴァレット・ミレイ(ミレー)John Everett Millais
1829-1896 | イギリス | ラファエル前派

1829年、裕福な階級層であったジョン・ウィリアム・ミレイの息子としてサウサンプトンに生まれ、11歳で史上最年少の画家としてRA(ロイヤル・アカデミースクール)に入学。以後、さまざまな賞を受賞。1848年ラファエル前派の創立メンバーとして1850年代後半に同派が解散するまで歴史画、宗教画を中心に次々と作品を制作した。その後、風俗的主題や肖像を通俗的に描き、イギリス人画家として富や栄誉、その地位を不動のものとした(1885年には画家として始めて准男爵の地位を得る)。1863年には出身校であるRAの会員、死去する直前の1896には(半年間であるが)同会の会長に就任したものの、同年ロンドンで死去。享年67歳。