【17日日の出】

どん底の時代だった。

お二人のためなら自分は野辺に転がる草むくろになっていい。

妻や子への想いを一切断ち切った20代半ばの身勝手な覚悟だった。

だがそれは、『石原軍団』の基礎となった。

 

あれから50余年、社長の37回忌法要を迎えた。僧侶の読経あり 仲間も集まり

酷暑の中、ファンの皆様も遠巻きに集まっていらっしゃる。

      

 

「どうですか社長、この天気」

「苅谷君、お前と哲にゃ負けた、晴れ男になると言ったじゃねえか」

「社長の晴れ男宣言、お確かめの儀です」

「バッキャロー!降らせるぞーなんちゃって」

「ハッハ、ところで社長」

「ホイ、何だ?」

「あのう、苅谷君という呼び方、止めてくれませんか、

 もう50年以上それなんで、なんか他人行儀で線引きされてるようで嫌なんです」

「そうかぁ? ホイ、岡本町のケ谷戸 覚えてっだろ」

「はい、社長に調査概報お渡しした遺跡です」

「ホウよ 40年ぐらい前かな、あん時その概報にお前の名前があった。

 それから君付けを止めねえ事にしたんだ。俺に止めろッつッても無理だ」

「え~ッ、原人とかゴリラとか船酔いバケツとかいつもいろいろ言うじゃないすか」

「ダメだ苅谷君だ。お前も哲も俺以上に一徹だけど、俺も呼び方変えねえぞ」

「はぁもう…、仕方ない…解りました。では改めて社長、今日の晩飯は」

「オウッ、刺身とビールからよ」

「いいですねぇ。そう言えば6月10日初めて兄イの夢をみて泣けまして…

 その16日に二人で刺身喰ったんです」

「哲、言ってたぞお前の--」

「社長、今日は皆来てるし その話は8月の盆にしましょう。

 今日は海の日で祝日になりましたよ。社長の命日は海の日、いいですねぇ」

 

さすがこの暑さでは 社長も刺身に冷たいビール、そしてブランデーという事か。

 

社長との話しはいつものことだ。集まった仲間は蚊帳の外。

しかし、世話になった者はお参りする。それだけは絶対忘れないで欲しい。

 

お墓参りの後、成城に向かい 出迎えてくださった奥様と御一緒に、その当時の話に

花が咲いた。どん底時代を過ごした僕ら4名に奥様の目は優しかった。

 

帰宅して約束の晩飯、今夜は長くなるぞ。