目が覚めた。
6月10日、寝床の正面鴨居の上の時計は、6時30分調度を指していた。
両方の目尻から耳の方に涙が流れている。
「夢だ、兄イの…」
兄イの夢をみたことは一度もなかった。
古い旅館の様な病院の2階の暗い部屋だった。
「お前だけだ、苅」
俺の作った小さな小さな握り飯を、指で摘まんだままそう言った。
逆光の薄暗いベッドの上で兄イは天井を見詰めていた。
俺はその下の畳の上に正座して泣いていた。嬉しかったのだ。
この夢の内容を、はっきり覚えているうちに誰かに話しておかなければ。
雲が空一面に広がった重い梅雨空。雨は絶対降らせない。兄イの墓参りの日だ。
「初めて兄イの夢みました」
「そうか…、本心だよ苅」
「兄イ…」
夢の話も今の話も、上手く云えられず墓石が、かすむだけだった。
「兄イ、この後、糖原病患者を支援するための話し合いが有るんです。だから
遅くなります。今日の晩飯は後日に組んでいいですか?」
「俺が嫌だという筈ないだろが、判ってるよ苅、やり通すよお前は。俺たちもだ苅、
社長がアイツには勿体ない相棒がいると、言ってたぞハハ」
「はい、二人とも優秀な人材です」
「いつか近い内に美味い物を喰わせろよ」
「はい。じゃ兄イ」
空は曇天のままだったが降り出す気配はない。都心へと車を走らせた。