雲一つない青空。昨年もそうだった。
秋の彼岸の入りの日もそうだった。
あの日は兄イに叱られた。
〝先代の裕次郎さんのお墓参りが先だろ、早く行け〟と。
「社長、来ました。兄イと一緒に晴らせましたよ」
「負けたぜ、お前ら二人には。ホントに凄い青空だ」
「社長、雨男裕次郎を脱皮しましたね。誕生日お祝い致します」
「有難う。お前だけだなあ、いつも来るのは」
「今日は磯貝も一緒です。いいキャメラマンになりましたよ」
「オオ、磯貝君もか。有難う」
彼は、手を合わせる僕の後姿を撮ってくれたが、老けた。
ご存命なら社長は来年米寿だ。比べれば僕はまだ若い。
「社長、晩飯何にしますか? トンカツどうでしょうか」
「お前、この前トンカツだったぞ」
「でも、3ケ月前ですよ」
「俺、寿司喰いてえなあ」
「判りました。兄イと相談します」
寿司は2週間ほど前、兄イの月命日にお供えしたのだが…
「次は春の彼岸に伺います。」
「紅の翼に乗ってか?」
「いい歌ですよねえ、でも僕はセスナとヨットに弱いんです」
「ヘッへッ、解ってるよ、ハワイの時はいつも留守番だったよなあ」
「ええ、悔しかったです、ハハハ。では兄イのところに行きます」
「ウン、しっかり手を合わせて来いよ」
一般道で第2国道に出て、多摩川を渡り環七を通って兄イの墓所へ向かった。何処までも広がる美しい青い空だ。
「待ってたぞ、色男!」
「また―ッ、帰りますよ!」
「怒んなよ、苅。スーツ姿が似合ってるもんで褒めたんだよ」
「姿・形が兄イに敵う奴はいませんよ」
「怒るぞ、苅」
「ネッ、嫌でしょ」
「分った分った。しかし見事な冬晴れだなあ」
「ですね。晴れ男+晴れ男、倍の力です。社長も負けたと
おっしゃってましたよ」
「先に会って来たんだな。喜んだろ」
「はい。ご機嫌でした」
磯貝が、線香の束に火をつけている。少し風が出てきた。
「今日は彼も一緒か?」
「はい。ご挨拶したいと、あの若者がもう65歳ですよ」
「そうか、40年も経ったのかあれから…」
「ところで兄イ、クリスマスの日、あるブロガーさんが、プレスリー
とマルティナ・マクブライドのデュエット〝ブルークリスマス〟を
アップしてくれましてね、よかったですよー。これ知らないでしょ」
「知ってる」
「えッ!!」
「昔、お前が遊びに来た時、エルヴィスのロックを聴いていたら、
似合わないから止せと言ったよな」
「ええ、そしたら近所中に聴こえる程ボリュームを上げて、兄イ~
分かりました!謝ります!と言った時ですよね」
「フッフッ、そうだよ。」
「あッ、そうか、解りました。謝ります! 年季が違います」
「まっ、俺の英語はエルヴィスからだ」
「兄イの詩もですか?〝雪に落とす涙・帆かけ舟・飛べ…〟」
「バカ、止めろ!違うよ苅。今度一人で来い」
「はい分りました。誕生日おめでとうございます」
「…うん」
こんなに澄み切った青空なのに、僕が言い過ぎた。
「兄イ、社長は晩飯寿司がいいとおっしゃいましたが、兄イは?」
「いいぞ」
「はい。そうします」
「いい年を迎えろよ、苅」
「はい。兄イ、1月10日に」
「必ず来てくれよな、待ってるぞ苅」
「はい、絶対に」
帰路、道路はところどころ渋滞が続いた。僕は車の中でずっと歌を聴き続けた。社長と兄イの声を噛み締めた。
さあ、家内と3人で召し上がってください。まだありますよ。
夜は、ブランディ―と、お前には甘酒と安藤さんの干し柿を。
お摘まみは、安藤さんの沢庵・畳イワシでいいですね。
心行くまで語り合ってください。誕生日おめでとうございます!
夜が明けてきました。ここまでご覧いただき感謝いたします。