岩槻城址霊園には蓮田駅からバスで行くと
蓮田新道と言う停留所から歩いて直ぐの場所![]()
その途中の停留所に「国立東埼玉病院」があります
病院の敷地内までバスが入っていきます![]()
「国立東埼玉病院」は実は私の両親と深い関係があります![]()
病院の歴史が関係してます![]()
- 1944年(昭和19年)2月: 陸軍結核療養所として創設
- 1945年(昭和20年)12月: 厚生省(当時)へ移管され、国立療養所東埼玉病院となる
- 設立の目的: 当時「国民病」と恐れられていた結核の専門的な治療拠点として
- 自然豊かな武蔵野の環境(現在の埼玉県蓮田市)に設置されました。
- 2004年(平成16年)4月:独立行政法人国立病院機構 東埼玉病院へ改称
20年前に義父が亡くなった時
母も納骨に参列したのでこの辺りを車で通った時に
母がこの辺に療養所があったと言っていました
この病院が結核の療養所だった時に
入院していた患者と担当の看護婦が父と母だったのです
当時父は妻(前妻)と幼子がいました
その子は私の異母姉妹の姉です
しかし父が入院している間に前妻も結核に罹り
父の退院も待たずに亡くなってしまったのです
まだ26歳の若さでしたが幸い子共(姉)は無事でした
その後、姉は父の母(祖母)が育てていました
数年後に父と母が結婚することになり
まだ父が療養している時に小さかった姉は面会の為に
母の入っていた寮に泊り母が送り迎えしていたそうです
父と母が出逢って結婚を決意した運命の場所だと知って
ここが無ければ私は生まれてこなかったと思うと
とても不思議な気持ちになりました
まさに「運命」の場所
今風で言う「尊い」場所
まさか初めて乗ったバスがここに停まるなんて
バスに乗らなかったら一生来なかった
またまた「偶然=奇跡」
バスから撮影した写真

古い建物が残っていました
以前は看護学校が隣接されていたそうなので
寮に使っていたのかも
病院前の雑木林は療養所の時もあったそうです
父と母が二人で散歩していたでしょうね


