さてさて、今回で「をして」の音についての最後になります。
「あ行」の「お」について示したいと思います。
「をして」表記で「あ行」の「お」は何種類もあるんです。
(※文字の大きさがバラバラですみません・・・)
こんなにも「をして」で表すと沢山ある「お」です。
でも表記が違うだけで、発音は同じですから安心してください。
古代はこのようにをしての文字を見ればどなたのことを語っているのか、歌っているのかがわかるような仕組みでした。
あわ歌の地(下)の句には大切な「や行」と「あ行」の「お」が出て来ます。
今回は「あわ歌」で「お」を説明します。
こちらが一般的な『ほつまつたゑ』研究者やほとんどの方が書いている「あわ歌」をひらがなにしたものです。
↓
あかはなま いきひにみうく
ふぬむえけ
へねめおこほの もとろそよ
をてれせゑつる すゆんちり
しゐたらさやわ
一方、こちらが私が正式だと考える鏑邦男式「あわ歌」です。
↓
あかはなま いきひにみうく
ふぬむえけ
へねめをこほの もとろそよ
おてれせゑつる すゆんちり
しゐたらさやわ
下が天と地に分けた図です。
天の句25音、地の句23音に区分けされています。
「も・と」で区切られている辺りが面白いでしょう。
天と地が合わせられて「元」(もと)になるのです。
さて、あわ歌の天の句の「を」という表記は、音は普段通りに出している「お」の発音でいいのですが、地の句の「お」という表記の音は、「わ行」の「を」の出し方とは違います。
少し説明させてください。
一般的な「あわ歌」の「をして」表記では、地のパート部分が「を」と表記されていますね。
しかし意味からすると、この音を表記するならば「お」としなければなりません。
天の句「を」と地の句「お」の一文字を入れ違えてしまうという、重大なミスを犯していることに早く気が付いて欲しいのです。
地のパートは天と繋ぐ意味がありますから、偉大なる尊攘する「お」にするべきです。
という「をして」表記は「お」と示されます。
「を」では間違いだと思います。
では偉大なる「お」
の音の出し方を書いてみます。
分かりやすいようにアルファベットで説明します。
偉大なる「お」は「あ行」にあります。
「R」の音を含めた音を出します。
これは舌を丸めて出す音です。
そうすると英語の「R」を含めた音が聞こえて来ます。
例えば・・・
「言葉」という単語「Word」ですが、中に「R」が含まれていますね。
その時に出す音は「ワード」ではなく、「ワ~(R)ド」と聞こえます。
この時、舌先を上あごに近づけて丸めますよね。
するとその舌の丸めた穴に音が籠るのです。
「をして」表記では
です。
ではなぜ「を」ではダメなのかを示しましょう。
「わ行」の「を」の意味は、
・凡そ、だいたい
・接続的に使う場合
です。
例えば三例あげてみます。
①「乙女」
昔は「をとめ」と書き、「わ行」の「を」で表していました。
なぜならば、特定できる語句ではなく、凡そ的な乙女を指すからです。乙女は大勢います。
「おとめ」と書いては間違いなのです。「をとめ」が正しい表記だったのですが、今は「をとめ」を見る影もありませんね。だから可憐な乙女は居なくなったのでしょうか?
②「男」
昔は「をとこ」と「わ行」の「を」で表していました。
男は世の中に大勢います。今の50音では「おとこ」と表記していますが・・・
③「ラジオ」
昔は「ラジヲ」もしくは「らじを」と書いていたようです。
これもどのラジオなのか特定できませんから、「を」を使うべきです。
こういうようにおおよそ、アバウトな時に使うのが「を」という表記なのです。
これを「をして」で書けば
となります。
更に、今も使われている「を」は、文章の中で接続的に使う場合です。
例題)私は友人を誘って映画を見た。
この中の文章に二回出てくる「を」という接続詞の使い方です。
さて、一方で「あ行」の「お」です。
こちらは偉大なる者に対して、自分より目上の者に対して尊敬を表す時に使う場合と、更に特別な役目の者にしか使えない「お」があります。
説明します。
先ず、自分が居て、その内容に出てくる相手が自分よりも目上の方だったり、尊敬すべき方だった場合、必ず「お」という表記になります。
「をして」では
という文字を使います。しかし・・・
もし相手の方が特別な格の方ならば・・・
という場合です。
その方とは、宇宙の御祖神「あめみおや」を指す場合
「をして」では
を使います。
八角形の中に「・」が入ります。
更に「あめみおや」は人の形でこの地上に初めて降りて来られたと『ほつまつたゑ』で書かれています。
その方は「国常立尊」様です。その方が人に「あめなるみち」を教えるために降りられました。
この方を通称「との神」とも言います。国常立(くにとこたち)の「と」に当たる音から来ています。
「と」という音にはとてつもなく厳しい意味(法)が込められています。これを踏み外しては人は人として生きられなくなるからです。
そして、この国常立尊の後に生まれ変わって来た神が現在伊勢神宮の外宮(とみや)の主祭神「豊受大神」様です。
もうお気付きかと思いますが、「外宮」は「げくう」と呼んではいけません。「とみや」なのです。それは「と」の教えを人に伝えた偉大なる功績の神「豊受大神」様がいらっしゃる場所だからです。
また「とようけ」(とゆけ)というお名前にも「と」から始まる音なのです。
ですから、八角形の中に「・」が入る特別な
を使って表す神は決まって来ます。
宇宙神「あめみおや」と、「国常立尊」の「と」の神と同神である「豊受大神」、更にもう一人いらっしゃいます。
それは、豊受大神様のお孫さんに辺り、直接豊受大神より「あめなるみち」と「帝王学」を伝授された特別な神「天照大神」様です。
この三人しか私の習った現在の知識では中に「・」が入る特別な偉大なる神を示す
は使えないのです。
その他の「お」という発音(舌を丸めて出す音)には、
魂の緒の「お」を表す
があります。
常に私たちは宇宙神の一部と繋がっていることを縦の線で表しているのです。
更に、天照大神の弟君であられます、一度は「が」に落ちて、ハタレに巻き込まれた「そさのお」尊がいらっしゃいます。
ここで「そさのお」さんの汚名について晴らしたいと思います
「そさのを」という表記は間違いです
必ず最後の文字は「お」にしてくださいっ
なぜならば、彼は最後には「ひかわ神」になったのですから
一時は人と交わることを禁じられ、流民させられた彼でした。本来ならば死罪でしたが、天照大神の内宮「瀬織津姫」に救われて、死罪は免れました
その後、長い年月を経て彼は自分の生い立ちの穢れ(シムの道)に気が付きます日食に交わった生い立ちの穢れを、ハタレの温床になったモチコとハヤコの二姫から自らの姿と重ね合わせたのです。
そして兄「天照大神」に代わり、天皇の座に就こうとした自らの驕りを知ります。最後は姉「ワカ姫」の一言で気が付くのです。
私はこの気付きこそ、「和歌」による霊力だったと思います。
そしてハタレ大群を退治しに来た国の騎馬隊の隊長だったイブキドヌシが、道端でひれ伏す下民の中から、眼光鋭き皇室の血筋であられたソサノオを見付けたのです
その時にすでにソサノオの心はワカ姫により気が付かされていた後でしたので、その眼には月のような穏やかな光の中にも強き意志が光っていたのかもしれません。
汚き格好をしていても、髪は長く乱れてごわついていても、その眼には清らかな神の光が見えたのでしょう。さすがにイブキドヌシです
お父上のツキヨミのお子様だけあります。父の汚名も背負いながら、ハタレを退治する大将に相応しい神ですね。
そうして再会を果たしたソサノオは、イブキドヌシの提案で共にハタレをすべて退治する旅に加わったのです
そして退治した後、天照大神に「あめのむらくも剣」(草薙剣)を預けました。これは今、熱田神宮にあります。
ハタレになったハヤコ姫を切った剣ですから、自分の罪とこの剣を二度と世に出させぬようにと天照大神に捧げ、天照大神はこれを熱田に納めたのです。
天照大神からソサノオは許されて「ひかわ神」(氷川神)という称え名をもらいました。
ですから最後の文字は「お」でなければならず、をしての表記も
地の内乱を沈めた偉大なる「お」
と表記するのです。
八角形の中に横一文字の「-」が入るのは地を平定した偉大なる神になったからです。
ですから、ソサノオ様が称え名をもらってからの
横一文字が入る
「お」になります。
一度は人と話も出来ない者に落ちた彼が神になれたのですから、「を」では可哀そうです
次は、数を表す「お」です。
百(お)という単位の「をして」です。
と書きます。
数の場合、「をして」の縦の線は跳ね上がります。
この形状を見れば数の文字だとすぐにわかります。
さてさて、いよいよ最後の「わ行」の「を」です。
発音は今までの50音の「お」という発音でいいのですが、書く時には
「を」と書くことを忘れないでください。
「をして」では
と表します。
これも例題を出しますね。
先ずは偉大なる「お」を使ってしまったら大変なことになるよ、という例題です。
①「お味噌汁」
毎食に味噌汁があるとなんだか幸福感で満たされますよね。
しかし・・・
「味噌汁」ならOKですが、ここに偉大なる「お」を付けたらどうなるでしょう!?
「偉大なる味噌スープ」になってしまいます。
ですから「を味噌汁」ならOKですかね。
②「おさがり」
誰かの使った物をもらう時によく使いますね。
これも、使っていた方が自分より目上の方でしたら
「おさがり」でOKです。
でももし自分より目下の年下の人からもらったなら
「をさがり」と書くべきです。
では、これは納得できる!という例題です。
①「お父様」「おじい様」「おばあ様」
自分より目上の方ですから、この表記はOKですね。
例えば、尊敬の「お」を取って、「父さん」(とうさん)と呼ぶのはどうでしょう。
「とうさん」=倒産
と同じ音になってしまいますね。
だからやめた方がいいんじゃないかと・・・
しっかり尊敬語の「お」を付けて呼んでくださいね。
いくら尊敬出来ないダラダラな父親でも、自分より先に生まれた方です。種が無ければ自分は今この世に誕生していないのです。
そういう方を『ほつまつたゑ』では尊敬の対象にしています。
②「親」という音ですが、これも初めは「お」から始まっていますね。
古代語「をして」は理に適っているのです。
③「とおや」
少し説明しましたが、「と」の御祖(みおや)となり、宇宙神から続く役割のことを示します。
「十種なる振る祈詞」の初めに出てくる
ここにとおやのあまつかみ
と始まる「お」はもちろん特別な神である璽(しるし)
を使います。
「あめみおや」から授けられたのが十(と)種(くさ)という「と」の神法です。
「十種なる振る祈詞」の『ほつまつたゑ』の原文を白龍氏の許可を受けて載せましたので、どうぞ活用してください。
途中まで原典通りですが最後に数が出て来ます。
一から十まで数えるのを五回繰り返すのです。
これには深い理由があります。
しかしながら今回はお許しを・・・長くなる上に説明困難です。
ただし、直接聞きに来て下さった方には希望でしたらお伝えしますのでご提案ください
音は正しく出してこそ、正しい波長を生み出します
日本語は一語で一音を示すのが最大の特徴です
日本語は世界で唯一残された神の音の再現だと確信しています。
だからこそ、祝詞や祈詞、神々のお名前や神社の名前に限り、戦後直された現行の50音では納得がいかないのです。
私は確信を得たことについては、こうと決めたら絶対にひかない性格なのです
今回のウィルスは明らかに何かの意志を持っています。
善悪で捉えず、ウィルスはどうしたいのか、人間界から一方通行で考えても答えは出てこないような気がします。
明らかに人の命を奪っています、それは何のために?
明らかに生活パターンを変えさせました。それは何のために?
明らかに人の価値観を二分させましたね。お金なのか、命なのか?
人には自由意志があります。
個々で何を選び、どう生きていくのか・・・
今までは人の情という厄介なもので縛られていましたが、今回は「命」が掛かっています。
本当の繋がりが見えて来ますね
今回、最も難しい「をして」の音を頑張って書いてみました・・・
でも書ききれてないような気がしています
きっと書いた後から、追加や訂正したい感が生じるかもしれないけど、後悔は絶対にダメなんで・・・もうこれでいいやと腹をくくりながら書き終えました
とは言っても、やはり確実なのは直接来ていただくことをお勧めします
今回、この記事をあげるにあたって賛同して頂いた白龍氏と、図解を書いてくれた仲間、そしていつも共に祝詞をあげてくれている『ほつまつたゑ』研究の同志たち・・・
本当に本当にありがとうございました
毎回白龍氏の研究により、縄文時代に近づいていくのを肌で感じています。過去に縛られる者は、「過去このように言ったのに変わったなんておかしい」というご指摘もあるでしょう。
しかし、私たちが今闘っているコロナウィルスの全貌も、人間たちはまだまだ分かっていません。それでもこれが正しいと思って前に進んでいます。
時には方向転換をしなくてはならない場合もあるでしょう。
世の中には「絶対」という言葉はないのですから。
日々進歩して未来へ情熱を持ち続けながら前に進んで行きたいものです
三回に分けて書き終えた今、ほっとしています
ご質問があればコメントにてお受けしております。
返答できる範囲でお答えしますのでご了承を・・・
今出している音が完璧なのかは今後の未来の結果が出してくれることでしょう。
皆さんの未来を願ってキーボードから手を放します