劇画『子連れ狼』(原作∶小池一夫、作画∶小島剛夕) にこんな話がある。
冥府魔道の旅を続ける元公儀介錯人の拝一刀 (おがみいっとう) は、
ある日、遊郭へ売り飛ばされる寸前、
女衒 (ぜげん)※注釈1 のもとから逃げてきた娘をかくまう。
このことで一刀は、この一帯の揚屋と女衒を取り仕切る女頭目 木颪の酉蔵 (きおろしのとりぞう) と関わりを持つ。
郭 (くるわ) 内にある酉蔵の部屋には、
“あんにゃ雛” という変わった雛人形が飾ってあった。
雛人形が女郎の姿をしているのだ。
“あんにゃ” とは、遊郭で一人前の女郎のこと。
また、見習いの新入り女郎は、 客を取れるようになってあんにゃになるまで “あねま” と呼ばれた。
一刀は腰の胴太貫 (どうたぬき)※注釈2 を抜くと、あんにゃ雛を次々と斬り倒した。
「あんにゃ雛の髪は死んだ女郎の髪、
纏 (まと) うている衣も死んでいった女郎の形見・・・・・・」
このままでは、成仏できないので斬ったのだという。
1973年テレビ版での同シーン
映画版でも同役を演じた浜木綿子のはまり役。
『子連れ狼』の中のエピソードは、もちろんフィクションだが、
雛人形とはもともと、人の身代わりとして災厄を受けてもらう形代 (かたしろ) が変化したものだった。
それは、流し雛などを見るとよくわかる。
悪い気を吸収したとみなした雛人形を川や海に流して災いを遠避けたのだ。
雛祭りが過ぎても雛人形を飾っておくと娘の婚期が遅れるという言い伝えは、
邪気を一身に引き受けた雛人形を、いつまでも部屋の中に置かないようにする戒めだったのだろう。
また、雛壇に敷く緋毛氈 (ひもうせん) にも意味がある。
古来、緋色=濃い赤色は強い生命力を表し、その力で災いを寄せ付けない魔除けの意味が込められていた。
医学が進歩しておらず、現代に比べてはるかに幼児の死亡率が高かった昔、
人々はこうして雛人形に娘の健やかな成長を託したのだ。
科学が発達した現代でも、地震や異常気象などの災害は人間の力ではどうしようもない。
そんな災いを避けるために、人知を超えた存在に救いを求める気持ちが起こるのは、
遠い祖先たちから受け継いだDNAによるものかもしれない。
雛祭りの由来に基づいて、
いやな事象が続く流れを断ち、平和で安全な世になることを切に祈りたい。
【注釈】
1. 各地から女郎にする娘を買い取り、遊郭に斡旋する業者。
娘たちを買い取る際、表向きは年季奉公の形をとっていた。
2. 同田貫と呼ばれた刀のこと。
『子連れ狼』では胴太貫と表記している。
安土桃山時代から江戸時代にかけて、肥後国同田貫の刀工集団によって造られ、
身幅が広く重ねも厚い頑丈な合戦仕様になっている。