“冥府魔道”に生きる父子 〜『子連れ狼』の世界〜 | サト_fleetの港

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“子貸し腕貸しつかまつる” と書かれた旗指物を掲げ、
箱車に乗せた一子 大五郎とともに
“冥府魔道”※注釈1 旅を続ける元公儀介錯人 拝一刀 (おがみ いっとう)。
人はこの男をこう呼んだ。
“子連れ狼”


 


『子連れ狼』は、小池一夫 (当時小池一雄) 原作・小島剛夕 画で1970年代に青年向け漫画雑誌に連載された劇画で、
その後、映画化・ドラマ化されて人気を博した。
劇中で父子が交わす
「大五郎」「ちゃん!」(父親の意味)
の会話は、流行語のようになったほどだ。

この50年も前の作品の名前を、最近の報道で目にしたのは数日前のこと。
ハリウッド映画『ザ・クリエイター / 創造者』のギャレス・エドワーズ監督が、
この映画は『子連れ狼』のオマージュであると明かしたのだ。
たしかに、映画に出てくる子供型AIは大五郎そっくりだ。(女の子らしいのだが)

エドワーズ監督は『子連れ狼』を20年以上前に偶然イギリスで観たと語っていた。
それが映画だったのかドラマだったのかはわからないが、
制作から何十年経っても、世界のどこかで公開され、観られているというのはすごい。
さらに、その作品が若いアーティストたちに影響を与え、新しい作品を生む原動力となっているのは素晴らしいことだ。

※ギャレス・エドワーズ監督作品
『ザ・クリエイター / 創造者
 ポスタービジュアル


そこで今回は、
1973年から76年にかけて日本テレビ系列で放送された萬屋錦之介主演のドラマ版『子連れ狼』について取り上げる。
もちろん、私もリアルタイムで観ていた。
(いつも言うが、年齢がバレる…)

原作がそうであったからか、映像化された『子連れ狼』は “エログロ” 描写が少なくない。
ドラマ版は、日曜午後9時台という子供もけっこう観ている時間帯の放送だったが、
女性が胸をあらわにしたり、斬り合いで血しぶきが飛び散るなど、現在のテレビドラマでは絶対に無理なシーンも平気で流していた。
拝一刀が刺客ということで、いわば『ゴルゴ13』の時代劇版のようなハードボイルドタッチにしていたようだ。

だが、それはシリーズ初期の頃の話で、
『子連れ狼』の人気が高まり、CMやコント番組でパロディーが登場するまでになると、
最終章にあたる第3シリーズでは、いささか万人受けする娯楽時代劇調にテイストが変わってきた。
主題歌も第1・2シリーズのバーブ佐竹の『ててご橋』から、第3シリーズは “しとしとぴっちゃん♪” の児童コーラスで有名な橋幸夫の『子連れ狼』に替わった。※注釈2
橋幸夫の歌う『子連れ狼』は、劇画のイメージソングとしてドラマ放送開始前にすでにリリースされていて、
ドラマの人気上昇とともにヒットチャート上位にランクインした。
巷で子供たちが、好んで聴いたり歌ったりしていた歌だった。
これが、本家ドラマで主題歌に使われることになったわけだが、
このことからも『子連れ狼』が、日曜の夜に家族そろって安心して観ることができるドラマに路線変更したことがうかがえる。

こうして『子連れ狼』は、当時の日本の国民的時代劇となっていった。



話をストーリーのほうに移す。
ではなぜ、拝一刀が幼い大五郎を連れて刺客稼業をするようになったかは次のような経緯による。
拝家は、武家諸法度などに違反して幕府から切腹を命じられた大名クラスの武士を介錯する公儀介錯人※注釈3 の役職を担っており、
介錯の際は葵の紋が入った羽織をまとうことが許されていた。



しかし、
その地位をめぐって裏柳生※注釈4 の一派と対立し、妻や一族郎党が殺害されてしまう。
残った一刀と嫡子大五郎も、裏柳生の総帥 柳生烈堂 (やぎゅう れつどう) の策略で切腹を命じられるが、
一刀は大五郎を連れて江戸から脱出し、裏柳生への復讐を誓って全国を放浪する。

放浪中の一刀は、一殺五百両の刺客業を生業としていた。
だが、依頼される対象は剣の使い手など、うかつに手を出せない相手が多く、油断はできない。
そこまでして刺客を続けるのは、裏柳生との対決に備えての軍資金を蓄えるためであった。

※柳生烈堂 (演 佐藤慶/第3シリーズ)


一刀は水鴎流の剣の達人で、愛刀の胴太貫 (同田貫=どうたぬき) を抜いて群がる敵をなぎ倒していく。
胴太貫は鎧を着た合戦を意識して鋳造された太刀で、刃の重ねも厚く身幅も広い。
敵を骨ごと両断しても刃こぼれしないとされる。
一刀を演じる萬屋錦之介の殺陣 (たて) は、演劇刀をまるで本物の胴太貫のように見せた。
錦之介は、従来の殺陣が “真剣” の重みが感じられないとして、居合の達人に弟子入りし、納刀、抜刀、残心といった実際の剣術を会得したほどの研究熱心な人物だった。
これにエンターテインメントとしての殺陣の醍醐味を加味し、錦之介ならではの重厚な立ち回りを実現した。

だから、錦之介の剣さばきには無駄がない。
時代劇特有の変な間 (ま) や見得 (みえ) のようなオーバーアクションもない。
その流れるような巧みな剣さばきは、拝一刀の剣豪ぶりをよりリアルに見せていた。



一刀父子を抹殺すべく、裏柳生一門は次々に追手を差し向ける。
刺客として標的にする相手のほか、せまりくる裏柳生の配下や賞金稼ぎなどとの戦いに明けくれる一刀だったが、
その迷いのない剣の前に、柳生烈堂門下の剣客や忍びの者、烈堂の手練 (てだれ) の5人の息子や娘まで、ことごとく討ち取られてしまう。

烈堂の娘と対決した時など、
大五郎を肩車することで、相手が攻撃を一瞬躊躇した隙にこれを倒した。
わが子を盾にするとは卑怯だと、こと切れる間際に非難する烈堂の娘に一刀は言う。
「われら父子は冥府魔道に生きる者、人であることを棄てている」



一刀父子をつけ狙う刺客たちは、生半可な方法では勝てないと考え、時には奇想天外な仕掛けでその命を狙った。
ある時は、休息に立ち寄った茶店の婆さんや客、街道の通行人のすべてが変装した刺客という “茶店地獄” という必殺技?で待ち伏せした例があったが、
一刀は騙されることなくこれを察知し、またたく間に全員を斬り伏せた。

また、第3シリーズになると、
毒の知識に長けた阿部頼母 (あべ たのも) という凶敵が出現し、
剣ではなく毒で一刀を倒そうとするが、これも成功することはなかった。

※阿部頼母 (演 金田龍之介)


そしてついに、
最終決戦の場となる江戸の八丁河原で、一刀と烈堂は一対一の決闘におよぶ。
五分と五分の実力を持つ二人の果たし合いは、容易に果てることなく延々と続くのであった。
 

 







【注釈】
1. “冥府魔道” とは、怒りや執念に駆られ、倫理道徳を顧みず復讐のために人生を捧げる生き方。
『子連れ狼』での造語。

2. 主題歌『ててご橋』『子連れ狼』ともに作詞は原作者の小池一夫。
小池一夫はほかにも『マジンガーZ』や『科学戦隊ダイナマン』などのアニメや戦隊物の主題歌も作詞している。

3. 公儀介錯人は『子連れ狼』の中の架空の役職。
また、後年明らかになった設定では、
拝家は織田信長の家臣で加賀国大聖寺 (だいしょうじ) 城主を務めた拝郷家嘉 (はいごう いえよし) を先祖に持ち、
一刀は家嘉の子である孫十郎の子・正直の子にあたるとなっている。
(漫画『そして- 子連れ狼 刺客の子』より)

4. 幕府の兵法指南役 柳生宗矩の一門を表柳生と見た場合、忍び集団を率いて諜報・暗殺などの特殊工作を行う柳生の非公然組織 “公儀刺客人” の一派を裏柳生と呼ぶ。
『子連れ狼』以来、時代活劇によく登場するが架空のものである。