生活発表会での出来事です。 主体性保育が始まってから、初めての生活発表会を迎えました。 

 まずは題材集めから始まります。 以上児クラスでは、劇・合奏・歌など、どんな内容にするのかを子どもたちと一緒に決めていきます。クラスが上がるほど、少し難しい物語を取り入れたり、長めの歌や鍵盤ハーモニカに挑戦したりすることもあります。

 昔の保育では、役割分担は担任が子どもの姿を見ながら決めていました。 その後は、子どもの意見も取り入れつつ、最終的には担任がバランスを見ながら調整する形になっていったように思います。 

 ですが主体性保育になり、当時の園長先生の考えで「子どもたちがやりたいものをする」という方針になりました。 主役は何人いても良い。 やりたい楽器を選んで良い。 全体のバランスよりも、“子どものやりたい気持ち”を優先して決めていきます。 (時には、なぜか保護者の意見まで入ってくることもありました。) すると、話し合いはなかなかまとまりません。 もちろん、それをまとめていくのも保育士の力なのかもしれません。ですが、そこへさらに園長先生の意見まで入ってくると、現場はどうしたら良いのか分からなくなってしまいます。 30人のクラスで、30人の子どもたちだけの力で話し合いをまとめるには、まだ幼すぎる部分もあります。 どうしても大人の導きは必要です。 ですが、その導きさえ「主体性を尊重していない」と言われてしまうと、保育者は身動きが取れなくなってしまいます。 実際には、リーダー気質の子が話を引っ張り、自己主張の強い子の意見が通りやすくなります。 一方で、大人しく過ごすことを好む子が残りの役になることもあります。 中には、劇そのものをやりたくない子もいます。 誰かについていくことで安心できる子。 一人でいることを好む子。 子どもたちは本当にさまざまです。 だからこそ担任は、日々の姿を見ながら、その子に合う役割や参加の仕方を考えていきます。 ですが、「子どもが好きに決めて良い」という形だけになると、“やりたくない”という気持ちだけが残ってしまうこともあります。 当時の園長先生の考えでは、「やりたくないなら、やらなくて良い」という方向になっていました。 もちろん、やりたくない気持ちを受け止めることは大切です。 でも生活発表会は、みんなで一つのものを作り上げる経験でもあります。 少し支えてもらいながら頑張ること。 ステージでやり切った姿を認めてもらうこと。 頑張りを褒めてもらうこと。 そういう経験も、子どもにとって大切なのではないでしょうか。 子どもたちだけの意見で、本当に全てをまとめられるのでしょうか。 今でもモヤモヤします。 結局、予行練習でうまく形になっていないと、若い先生が園長先生から厳しく指摘を受けている姿もありました。 でも、それは当然ではないでしょうか。 

「主体性を大切に」と言われながら、十分な支えや方向性は示されない。 先生なりに考えてやってみても、結果だけを見てダメと言われる。 予行練習の前に、もっと一緒に考えたり、支えたりできたのではないかとも感じます。 これは子どもたちにも同じことが言えるように思います。 全く未知の世界で、「好きにして良い」とだけ言われても、難しいことはあります。 ある程度の流れや見通し、選択肢は必要なのではないでしょうか。 大人が全てレールを敷くのは違う。 でも、選択肢を示しながら支えていくことは必要だと思うのです。 大人にも、子どもにも、リーダー気質の人もいれば、支えてもらうことで力を発揮できる人もいます。 それぞれの姿があって良いと思います。 まだまだ話したりないのですが、また次回に。