ホテルの別館に位置する我々の居住区に戻ってきた彼は、満足げに窓からの景色を眺めて言った。
「お疲れ様だったな、アビシニアン。客たちの顔をみたか?度肝をぬかれていたぞ?まぁ無理も無いが。」
彼は普段より饒舌で、微笑から笑い声が聞こえそうなほどの上機嫌だ。
俺は生返事をして、さっさと燕尾服を脱ぎ 固めた髪の毛をふりほどき 二人きりの打ち上げの準備に取り掛かっていた。
今日は、客たちのために根城館のオープニングセレモニーを兼ねたハロウィーンパーティーを催したのだ。
早々に集まった珍しがりやな早耳の輩とか地元の盟主、新聞記者やら雑誌記者などで一日中賑わい、真夜中をとうに回ってもずっと放して貰えないのには困惑した。
それがようやくお開きになりそれぞれの部屋へ戻っていったところだった。
屋根に座す金木犀は勢いこそ増せ咲き止む気配は無く、香気の花は降り積もる。
窓から見える鎧戸のような木の根は恐怖どころか、ともすれば安心感さえ感じさせる。
オレンジ色の世界。
この館の最初のゲストたちも薄々感づいているだろうが、日を追うごとに何か、花が降るだけでなく地中から湧いてくるようにも見えたり、わからない影が通り過ぎていったり、話し声や歌声、クスクス笑いや何かが壊れる音など、まぁ怪現象といわれる類のことが頻繁におこっているのだ。
ハロウィンの余興の仕掛けだろう? 泊り客の中にはそう確認してくるものもあるが、わが支配人は超一流のビジネススマイルで「さあどうでしょう?」と煙に巻くのだ。これが仕掛けだったら大枚はたかなくちゃならないだろうな、彼は笑う。
暖炉に火をいれた。空調もあるが、炎が好ましい夜だ。
俺はオレンジの闇に魅入られてしまった彼に近づき、その灰色の瞳をこちらに向かせた。
「さあ、支配人、乾杯の用意ができましたよ、こちらへどうぞ。」
ああ、空気がおかしい。
闇の者たちの影響を客寄せに使おうという段で、多少のリスクは背負わねばならないとわかっていたが。
秘めていたものが爆発しそうだ。
俺は彼の肩を抱いて火のそばへ導き、氷の海原を思わせる目の中で照り映える炎を見つめたまま上着を脱がせ帯をはずした。
「なんだよ、あの世の者たちにでも踊らされているのか?」
細められた瞳は鋭利で、簡単に俺を貫く。
おれは言った。
「そんな死人たちにとやかく動かされるほどうわっついたものでもなくてね。もちろんずっと知っているはずだけど?」
学生時代から、ずっと彼を追ってきたのだ。勉強でも環境でも、彼のすぐ横に立ち続けるのはまったく!容易なことではなかった。
なによりもそのハートに寄り添うことは特に。
苦労して 戦って、やっと手に入れたこのポジション。
自他共に認める彼の親友、腹心の部下、右腕、 そして。
このへんで、もう一つタイトルを手に入れたいと思っている。
パートナー。
彼は用意しておいたブランデーをあおり、そのまま俺に口移しで流し込んできた。
口の端から酒が伝う。灰色の瞳が、銀色に光る。
驚きのエロさにめまいしながら 俺は彼を抱きしめ貪った。
「アビー・・・、なにか一曲弾いてくれ。」
乱れの無い声音で彼が言った・・・。 アビー、職務を放れたときの呼び名が胸を打つ。
だが それはないだろう、やっとこれからというこのときに。
あらゆる手をつくして抗議を試みたが、結局俺はおとなしくグランドピアノの前にすわり彼のために奏した。
「君も弾け、バル 来いよ。」
俺の支配者バレンタインは、愉快そうに横に来てすわり追い掛け回すように鍵盤を弾いていった。
見事に。
ここで、この根城館で。
そんな柔な神経の持ち主ではないのは重々承知だけど、怪しいものに横取りされないよう注意を払いながら 俺は次のタイトルを目指そう。
すでに二人とも取り込まれているのかもしれないけど大丈夫。
俺の野望は何よりも勝る。
根城館で初めてのハロウィーンが過ぎて行く。客は満足しているだろうか?
盗み見徘徊上等だ。あの世の者たち。しっかり稼いでくれたまえよ。俺たちのために。
根城館に燃え盛るオレンジ色の花が降る。
By.Purple