ノルウェイの森 上 (講談社文庫)/村上 春樹

¥540
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著者 村上春樹



実家に帰省中に読んでみました。世の波に乗れてないのは毎度のこと。

村上春樹を読むのは「海辺のカフカ」以来の2作目です。
「カフカ」は読んだ当初十代半ばの私にはなかなか難しいというか訳の解らないお話でした。まあ今読んでも大して変わらないと思います。
けれど、こんな言い方をすると怒られそうなのですが、著者が凄く文章の上手な方なのでとてもさらさらと読めてしまいました。

こちら「ノルウェイの森」は割に地に足付いたお話だったのですが、訳が解りやすい分、さらさらとは読めませんでした。
文章自体は非常に読み易しいけどね。

ワタナベ君は私にとっての男の子の雛形のような青年でした。これはかなり個人的な見解ですけど。
好きな人間に対する愛情は真摯である。しかし情欲に対する罪悪感はあまりない。当たり前の生理現象として受け入れる。そして意思に関係なく気持ちとはうつろいゆくものである。それを受け入れられる。
愛情を手にしたものが彼を手に出来るわけではない。

まあ男として、人として当たり前といえば当たり前で、ごく普通と言えばごく普通なのがワタナベ君なのではないでしょうか。
少なくとも私は彼のとった行動は普通だと思う。強いて言うのならとてもユニークで魅力的であったとは思うけど。
普通である、という言葉とユニークという相反する言葉を使ったわけだけど、それは彼がとてもユニークな発想を持った人間であるけど、人間性に大きな欠損があったわけではないんじゃないだろうかというお話。
だいたい彼、作中じゃ初期で18歳で、進んでもせいぜいハタチだし。そんなもんだと思う。
当たり前に人に冷たくて、当たり前に好きな人に嫌われたら傷つくわけです。

私にとって彼はとても魅力的で面白い人だったから、個人的にはそれだけでも読む価値はありました。

全部読んでしまえばこの話は彼の若き頃の記憶でしかないわけだし。

さて、冒頭でワタナベ君の語りに“直子は僕を愛してすらいなかった”とありましたがはたしてどうだろうと個人的には思いました。
確かに意識としては、少なくとも直子は恋はしてないでしょうね。多分でしか語れないけれど。
きっと意識としては直子はずっとキズキ君から離れられなかったんだと思います。
本当に心が許せるのは彼だけで、理解し合えるのも彼とだけだと思っていたかもしれない。
それでも直子にとってワタナベ君が必要であったのも確かだし。少なくとも彼女の意識としては。メンタルヘルス事情は難しいのだけど。

個人的にはそこに愛はあったんじゃないかなと思うのだけど。
ワタナベ君はそうは思わなかったってことかな。
愛の定義なんて曖昧というか存在しないようなものだけどね。

なんにせよ、そんなに幸せのにおいがする愛ではなさそうですけど…。

えっと、最後の流れはびっくりしました。
私はワタナベ君を信じていなかった(笑)。
少しワタナベ君を好きになった(もともと大好きだけど)。
緑は好きです。

私はこの本を読んで、凄く感情移入してしまったから、きっと合う合わないはあるんだなと思いました。
実際、友達は合わなかったと言ってたし。
でも私は今のタイミングでこれを読めて良かったかなと思います。

ああ、全然綺麗にまとまってませんね。
スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)/辻村 深月

¥680
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著者 辻村深月


※自身が以前別ブログに書いた記事より一部転載



カバーアートが可愛い。
辻村先生の本は装丁が可愛いのが多い。

まず、構成が同著作品「子ども達は夜と遊ぶ」に似てたかな。キャラクター構成とか。
ただ「子ども」の方が凄く痛々しくて読んでいるのが辛くなっていく話なのと違って「スロウハイツ」の方はひたすらに暖かさを感じる話でした。

創作活動に勤しむ若者達(?)が同じ建物で暮らしてそれぞれが旅立っていくまでのお話。
私が読んだ辻村作品で断トツの読後感。

これ読んで、環と月子みたいな女の子が辻村深月的に描きたい感じのヒロインなのかなって思った。
この二人って基本的な作りが似てるよね。処女か非処女かってところが決定的に二人を別けているのだろうけど。
そういうところだけで判断する訳じゃないけど、環の方が等身大っぽいなって個人的には感じました。弱いところがより生々しいかなって。
そういう訳で月子の方が個人的には好きかな。月子の方が話もキャラクター性もファンタジーだから、素直に見れるというか、環は生々しいだけあってちょっと目を逸らしたくなる部分もあったし。
どっちが良いって訳じゃないんだけど。

それと、この話はとにかくコウちゃんの存在が良いよね。
もうこれでもかって言うくらい丁寧な描写で、(著者が)愛してくれと言わんばかりのコウちゃんでしたが、素直に良かったです。
作中で使われてた言葉で「尊い存在のようだ」みたいのがあったけど(作中で言っちゃったよ)、本当にそんな感じ。
読んでてこっち側まで暖かくなるような人でした。痛いくらいに綺麗な心を持っていた。それが良いと思えるくらい愚直だなって思った。
ほんとに暖かい。
この読後感の良さも彼の存在が大きいです。

ちょっぴりミステリー仕立てだけど人が一人も死なない(事件的な意味で)ミステリーもいいものですね。
テキスト量の割にさらっと読めるのも良いところじゃないかなって思います。

「子ども達は夜と遊ぶ」みたいな強烈なパンチ感はないけど、私はこの時期にこの話が読めて良かったなって思った。
少し元気が出た。

相変わらず三人称視点風一人称視点が効いている思います。

ブレードランナー ファイナル・カット 製作25周年記念エディション [Blu-ray]/ハリソン・フォード,ルドガー・ハウアー,ショーン・ヤング

¥2,500
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監督 リドリー・スコット
原作 フィリップ・K・ディック

リック・デッカード役 ハリソン・フォード


※自身が以前別ブログに書いた記事より一部転載

原作は「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」。
気になったのは原作だけど、とりあえず本買うよりDVD借りた方が安いご時世。

観るまでよく知らなかったのだけどスゲーSF映画。
監督は「エイリアン」の人。リドリー・スコット。
この頃のエイリアンにはまだ「中の人」を感じる。
リドリー・スコット監督の映画は他は「ハンニバル」は観た。映画の出来うんぬん抜きに好みで言えばシリーズで一番好き。
「アメリカン・ギャングスター」は劇場で観た気がするのだけど、超長かった印象が強くて。
とりあえず共通して言えるのは空気感の人みたい。心象の派手さに比べて見える景色が静かな気がするな。
あと、暴力描写が容赦ない。

全然関係ないけど、映画でも文学でも暴力描写とか性描写を躊躇してないものってなんとなく、良質な作品なんですよというか、高級品なんですよと言われてる気分になる。なんでだろ。別にこの件に否定も肯定もするつもりはないんだけど。

私自分が生まれてからの映画(特に洋画)は両親の影響で結構見たのだけど、映画鑑賞自体が大学入るくらいまで超受動的なものだったんでそれ以前(89年生まれだけど実際のとこ93年くらい)の映画って殆ど観たことなかったんですよね。最近はたまに観るけど。

そんなこんなでこれは82年公開の映画で、私が観たのは数あるらしいバージョンの内、ファイナルカット版とか言うので、デジタルリマスターされてまして、そんな前の映画だとは思えないくらい映像的にも鮮明で綺麗でした。これは最近の技術が凄いのかな。
舞台は終始雨が降っていて、薄暗くて、視聴者は視覚的に結構ストレスなんだけど、雰囲気と天秤に掛けてギリギリマイナスイメージにならないレベル。きっと人によっては大幅にプラス。まあ人によっては少しマイナス。
レプリカント(造語)と呼ばれる労働用アンドロイドが反逆を起こして、殺人しちゃって、それを追いかける人間と追われる者の間のソウルフルなやりとりのお話。だと思う。
レプリカントと人と命の重さとか、天然モノと人造モノにどれ程の差異があるのかみたいなお話だと思う。そこにゴーストはあるのかみたいな。というかゴーストを感じろみたいな。
多分原作はよりそっち重視なんじゃないかな。映画はもう少し映画。美術面とか役者とか演出とか色々な要素が混ざってるものだから、もう少し「感じろ」みたいな感じの映画。デッカード(主人公)そのものがレプリカントだっていう説があるくらいだから、捕らえようによってはテーマ自体が曖昧になってくるし。

とにかく「感じろ」って感じの映画。

反逆レプリカントのボスポジションのロイが凄く印象的でした。
天才科学者並の知能を持って、フィジカルは人間を圧倒するものなのに、4年という知性体として非常に短い寿命故に、脱走して、自分の設計者を殺してもそれでも絶対的に弱者の立場から抜け出せない。終始、悲しそうだった。

そういえばこの映画、この手のものにはよくある「人造物に感情は芽生えるのか」みたいな問いかけは殆どありませんでしたね。
当然のごとく数年生きれば感情くらい芽生えるでしょ。みたいな。レプリカントの製造技術力への確信みたいのがあったのかな。そこら辺の突っ込んだ問題はレイチェルの存在から未知数な部分もあったみたいだけど。
訳版を観たからニュアンスはあやしいけど、数を数える時は「匹」を使い、「殺す」という言葉を使う。
だから機械というよりは結構自然に生体として扱われてたような気がする。けど、都合がつかなくなったら簡単に殺されるし、多分労働環境はとても非人道的。だから、きっと労働用ロボットというよりは家畜のようなポジションね。
それだけの技術力があって、人型なのはまだしも、生体として作り出したのが非常に悪趣味な気がする。使用用途を考えて、人間と同じように物を食べて、血を流す必要性を感じない。慰安用だってそこまでする必要はない気がする。
映画を観る限り、「アイロボット」なんかと違って、特に人社会に入り込んでる様子はないし、存在自体が非人道的な気がするな。技術者のエゴだよね。儚さを作り出している。

というわけで、最後ちょっと攻撃的だったけど、映画は映画なので映画としての良さを探求してみましたって感じな映画だと思いました。


追記


この映画を観てから大分開いて原作も読みました。
洋物のSF独特のあれ。
こちらの方がレプリカント(原作には無い言葉。原作ではアンディーと表記がある)自身についてが情緒的に描かれている印象があります。
まあそれは主人公も同じですが。
街が疲れてる。荒廃というよりは場末という言葉の方が合う。
「ブレードランナー」にあった“美しく荒廃した風景”という印象はない。疲れきった街に住む疲れきった人々という感じ。

電気羊ではなく生きた羊が飼いたい、というお話。

私には泣きそうなくらいに生きた動物を飼いたいなんて気持ちは解らない。その為に命を張った仕事をしたいとも思わない。
けれどその切実さだけは伝わってくる。
多分ハードボイルドものなのだと思う。

カバーアートが凄く可愛い。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))/フィリップ・K・ディック

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