ひざつき、患者の目線で | 札幌美容形成院長日記

ひざつき、患者の目線で

 私が若い先生に参考にしていただきたい記事です。  平成29年7月29日、朝日新聞デジタル、  聖路加国際病院の日野原重明先生がご逝去された時の記事です。  ひざつき、患者の目線で」皇后さまへ日野原さんの助言  日野原重明さんは皇室の方々とも交流があった。特に公私ともに親しかったのが皇后さまだ。7月29日昼、皇后さまは葬儀会場を訪れ、祭壇前で献花をするなどし、最後のお別れをした。皇后さまは、日野原さんの三男、知明さん(67)に「日野原先生は皆さんのために立派なお仕事をなさって下さいました」と声をかけたという。  日野原さんは皇后さまの母・正田富美子さんが聖路加国際病院に入院した際に主治医を務め、1988年に亡くなった際には最期をみとった。その後も、皇后さまの誕生日に招かれるなど交流が続き、知明さんによると、日野原さんも楽しみにしていたという。  ある日、皇居に招かれ、がん患者らとの接し方について、皇后さまから「どういう風にすればよろしいでしょうか」と尋ねられたことがあったという。日野原さんは「ベッドの上から見下ろすような態度はよくない。ひざをついて患者と同じ目線であいさつをしたほうがいいのでは」と伝えた。皇后さまは患者らに接する機会に、助言通りの対応をとったという。昨年11月、日野原さんが取材で明かしたエピソードだ。  昨年7月には、皇后さまは日野原さんと韓国人のテノール歌手ベー・チェチョルさんのコンサートを鑑賞した。甲状腺がんで一度は声を失いながら、手術を受け舞台復帰したベーさんの歌声に感動し、日野原さんがプロデュースしたものだった。コンサート終了後、感極まった日野原さんが皇后さまと抱擁を交わす場面もあった。  日野原さんは故・三笠宮さまとも長い交流があった。三笠宮さまは日野原さんが名誉院長を務めていた聖路加国際病院に入院。日野原さんは三笠宮さまの逝去後、「とにかく最後まで生きようとする意志が強かった。軍隊に行かれたり、色んなトレーニングを受けられたりした結果でしょう」と取材に語っていた。(多田晃子)
皇后さまと話す日野原重明さん=2016年7月、東京都新宿区の東京オペラシティコンサートホール
ミュージカルの上演会場で手を振る皇后さま。左が白い付けひげで舞台衣装の日野原重明さん=2006年7月、東京都新宿区の新宿文化センター (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■  私は被災地で、  天皇陛下と皇后さまが、  床に膝をついて、  被災者を慰問されるお姿に感動しました。  医師も、  患者さんと話す時は、  ベッドサイドで姿勢を低くして、  時には床にひざをついて  お話しするのがいいと思います。       ■         ■  上から目線ではなく  患者さんと同じ目線か、  下から目線をおすすめします。  そうすると、  さくらんぼさんコメントにあった、  あなた達に話してもわからないでしょう』  …とバカにする  こんなことは無くなります。  日野原先生の教えを日本中の医学生に伝えたいです