旧十二銀行函館支店。函館市豊川町15-20。2007(平成19)年9月25日
市電通りの十字街交差点から東へ行ったグリーンベルトの中に建っていた銀行だった建物。「十二銀行函館支店」として1926(大正15)年頃に竣工している。設計は木子幸三郎(きご・こうざぶろう)、鉄筋コンクリート造3階建て、地下1階。
『関根要太郎研究室@はこだて+ちちぶ』では、以下の3回に渡って取り上げている。
それらを参照すると、十二銀行は本店が富山にある銀行。北前船の時代から函館と北陸とは密接な関係にあり、明治以降、北陸から函館へ多数の住民が移り住んでいるという。1943(昭和18)年に十二銀行は富山の近隣3銀行と合併して北陸銀行となり、函館支店も「北陸銀行函館支店」と改称する。その後同行は函館駅前に移転し、1978(昭和53)年からは「函館信用金庫本店」が入居する。函館信金本店は2003(平成15)年に大手町に移転し、その後は空家になっていたが、2020(令和2)年1月に解体された。
ちなみに『日本近代建築総覧』(1980年)では、「北陸銀行函館支店(旧十二銀行函館支店)、函館市豊川町15-20、建築年=大正15年9月24日、構造=RC3、備考に「社史にS2.7竣工とある」」。
旧十二銀行函館支店。函館市豊川町15-20。2007(平成19)年9月25日
外観は『関根要太郎研究室』に「直線を強調したセセッション風のデザイン」「この当時流行していた茶褐色のタイルと、花崗岩とモルタル塗りのグレーの色合いまとめられて」設計者木子のセンスの良さが現れているという。
『関根要太郎研究室』で、「函館信用金庫時代、函信撤退間もなくの姿」の写真が載っている。玄関の上に「函館信用金庫本店」の文字が残り、玄関右の上の壁に「(マーク)はこしん本店」の袖看板が掛かっている。
旧十二銀行函館支店。函館市豊川町15-20。2010(平成22)年6月11日
1934(昭和9)年3月の函館大火で焼失を免れた建物で、その点でも貴重な建物だった。大火後、防火帯としてグリーンベルトが引かれたが、旧十二銀行の建物をそのままにしてグリーンベルトにしたわけだ。そういう立地も函館の歴史を物語っていたといえる。
現在、旧十二銀行を取り壊した跡は「ハウジング・コバヤシ管理地」の看板がある空地。防火帯に建物が建てられるのだろうか?


