
日本医科大学第一病院。千代田区飯田橋3-5
上:1988(昭和63)年1月15日
左:1986(昭和61)年9月23日
目白通りの、JR飯田橋駅のそば(地下鉄東西線飯田橋駅の上)にあった大きな病院。建物は、『日本近代建築総覧』では「建築年=昭和6年(1931年1月)、設計=和田順顕、施工=清水組、地下室付き」である。和田順顕をネット検索したら当ブログの『 日本医師会館(神田駿河台2)』があって、そこですでに説明してあった。すっかり忘れていた。手抜きだがそこの記述をそのまま書き写しておく。「和田順顕は、ぼくは初めて聞く名前だったが、横浜郵船ビル(昭和11年)の設計者だった。ネット検索すると、銀座にあった足立ビル、品川区上大崎のタイ王国大使公邸(昭和9年)、飯田橋にあった日本医科大学第一病院(昭和6年)、新宿区信濃町にある慶応大学の信濃町メディアセンター(昭和12年)が和田順顕の設計した建物として拾えた」。
日本医科大学第一病院は、1924(大正13)年7月に、当時は「日本医学専門学校」だったが、「付属飯田町医院」として開院した。1926年、日本医科大学に昇格するとともに「第一医院」に改称した。「付属第一病院」の名称は昭和38年かららしい。
外観はスパニッシュの系統だろう。平面は中庭があるV字形。竣工時は左右対称だったようだが、すぐに東側の翼を倍に伸ばしている。昭和50年には中庭の周囲はビルで囲まれてしまっていた。
1997(平成9)年9月30日で閉院した。取り壊しは1・2年後に始まったと思われるが、ぼくは1階だけの姿になっていたのを目にしている。あれはなんだったのだろう? 現在は東京区政会館が建つ。

1989(平成1)年5月4日
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