蛇善。台東区蔵前4-1。1987(昭和62)年10月4日

蔵前橋通りの蔵前1丁目交差点(江戸通りと交わる)がすぐ写真右にある。現在もほとんど変わらない景観で、写真右に写っているカメラの「一光堂本店」がなくなって駐車場になったのが建物では唯一の変化である。店も、蛇善は当然として、喫茶店の「チャイム」、「蔵前タオル」は変わっていない。
蛇善は「蛇、マムシを中心とした精力剤等の製造、販売」する明治17年創業の店。角のビルは昭和22年の航空写真に写っている建物のようなので、戦前からあるビルのようである。その裏付けになる資料があった。『東京の下町―私の見てきた浅草・蔵前』(北村金太郎著、サイマル出版会、1977年、980円)に、次の一節がある。

 蔵前の交差点近くの、「へび善」の建物は、たしか戦災に残った鉄筋コンクリートの建物で、戦前には、蔵前としては珍しい建物であった。「へび善」といえば、大正、昭和ひとけた時代には、東京では数少ない蛇屋で、私の少年時代(筆者は1902年生まれ)、へび屋の若い美しいおかみさんが、赤い手がらの大丸まげ姿で、たすきをかけて、白い二の腕まであらわにして、店の縁の下においてある箱の中から一匹一匹つまみ出しているのを、何とも奇異な感じで見つめていたことが幾度かあった。
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いざ吉原? (定マニア)
2013-03-15 09:50:30
浅草雷門の近くに、かつて仁丹搭があったことは有名です。たまたま浅草散策中、角にある交番に仁丹搭があった場所を聞いてみたら、団塊世代とおぼしきお巡りさんが「まさにこの上ですよ」と教えてくれました。更に、仁丹搭の一階には「蛇屋」があったとも。浅草、蔵前、上野には蛇屋が多い気がしますが、吉原の赤線地帯と関係あるのでしょうか?

 

>定マニア様 (流一)
2013-03-17 10:30:04
仁丹塔のあったビルは「田原町ビル」といったらしいのですが、焼け残った戦前の建物でした。私は直接は知らないのですが、蛇屋があったという話は聞いています。現在、台東区には蛇の専門店が3軒、とあるサイトにありました。
強壮剤は気分の問題が多いでしょうから、人によっては即効性があるんでしょうね。