夜、皆が戻ってきて寝静まった頃
廊下を歩いていると、彼女がいた。
縁側に腰をかけて、月を見て。
ーー帰るのかと、思った。
元々預かりもの。
いつかは帰るやもと思っているが、それが近いのかと。
お伽話などを重ね、焦る自分に苦笑する。
すぐにでもその背に声をかけたかったが、素直にはなれず
一度戻り理由を作ってからにした。
彼女が自分の元へ来て早や数年。
あの頃とは違い、今は酒も嗜む様になった。
手渡した猪口を嬉しそうに受け取る笑顔に安堵する。
戻る場所を、月になどしたくない。
月を見る彼女はとても愛おしげな目をしていて
酒でほんのり上気した頬がそれに拍車を掛ける。
楼主の立場を理由に何もせずにいる自分を棚に上げて、その手を引きたくなる。
そんなに、恋しいかと。
「秋斉さん」
不意に呼びかけられ、返事をする。
「今日も……月がとても、綺麗ですね」
先程まで月を見ていた瞳のまま、
噛みしめる様に言葉を紡いで俺を見るから。
月ではなく自分が愛でられた様な錯覚に陥る。
「そうどすな」
これが、彼女の瞳に吸い込まれた俺の精一杯。
いつかこの瞳を、俺の欲しい言葉と共に俺にだけ向けてくれる日は来るのだろうか。
俺の元に残ってくれる事なんて、あるのだろうか。
そんな日が来るのなら、
あいつの為に使うつもりの命を、
差し出してもいいかもしれないと。
そんな事を考えてしまった俺に俺は、
いい歳をした男が何を…と
今晩何度目か判らない苦笑を零した。
***
「告白」の秋斉さん目線。
二葉亭四迷が「I love you」を「死んでもいい」と訳した事より。
漱石のは女性的、四迷のは男性的だと、個人的にはそう感じました★
なお、タイトルはあれで、かぐや、と読ませてます。