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流れ星

思いつくままに書いた二次作品などの保存場所。某所で書いたものも含みます。勿論、私が勝手に書いているだけなので、どことも関係はありません。


私のいた時代では、流れ星は珍しい。
流星群ともなれば、平和な日はトップニュースを飾るくらい。
その分憧れも強くて、見てみたいのだと話すと

「そんなもん、眺めてさえおればいつでも何個か流れてますやろ」

と事もなげに、バッサリいかれた。

「ぇ、そうなんですか?」
「へぇ。昔やけれど、河原で寝転がって眺めてたら何個も見れましたえ」

だから何を憧れてるのやらと言外に再度言われ、少し落ち込む。
その様子を横目で見て、漸く帳簿から顔を上げてくれた彼は、くすりと笑った。

「ほんに、藍屋自慢の新造は時々子供みたいな事言わはるね」

その優美な笑みに内心どきりとしながらも、

「どうせ、秋斉さんからしたら私なんて子供ですから」

と目を逸らすと、一層笑みを深められた。

「せやね…あんさん、明後日の夜は空いてはる?」

空いてるも何も、新造の私が夜に用事が入っている訳もなく。
解っているくせに訊いてくるのは、
私の意志を尊重しようとしてくれているのか、
それとも単に意地悪なのか。

勿論ですと答えると、皆が寝静まった頃に出掛けようとのお誘いを受けた。
驚いたけれども何より嬉しくて、さっきまでの膨れっ面なんて飛んでいってしまったのだった。



「気ぃつけなはれや」

川縁まで下る坂は道が悪い。
よろける私を見兼ねてか、秋斉さんは手を貸してくれた。
また子供扱いされるから自力でと思ったけれど、
それで転けたら想像以上の結末になりそうで素直に従う。

彼は少し息の上がった私が落ち着いたのを見計らってから、場所を選んで腰掛けた。
私もそれに倣い、少しあけた隣にお邪魔する。

「夜は少し涼しくなって…水の近くは特に気持ちいいですね」

そよぐ風が、京の暑さを少し忘れさせてくれる。
それに前髪を揺らされながら、彼は微笑んだ。

涼みに連れて来てくれたんだ。
少しバテ気味な私を気にかけてくれたのかな。

暑さとは無縁そうな人だけど、
夏は彼の大事にしている扇子の出番が多いから、
やっぱり暑いと思ってるんだな、なんて。
そんな風に感じた事を、ふと思い出した。

「桜はん」
「はい?」

返事をしたと同時に、秋斉さんが羽織を脱ぎ出したので、何事かと目を剥いた。
挙動不審になりそうな自分を必死で抑える。

そんな私の事など気にせずに、こんなもんか、と。
彼はそれを人一人分に畳むと私との間に敷いた。

「うっかりしとって、敷くもん忘れて出てもうたさかい。これに寝ておくれやす」

いまいち自体が飲み込めずに、ただただ顔を熱くする私に向かって、
彼は言った。

「見たいんやろ、流れ星」



「ぁ…」

流れ星ね。

ちょっと違う方向に思考を飛ばしていた自分が恥ずかしい。

「どないしはったん?わてはこのままで構へんさかい、遠慮せんと使いよし」

勘の良い彼にも、流石にこの暗さでは気付かれていないだろうと、気を取り直す。
既に横になっている彼にお礼を言ってから、さっきよりも近い距離で並んだ。

何でもない場所に寝転ぶ秋斉さんは、いつもの整然とした佇まいからは、少し遠い。
そのギャップと、近い距離で横になる事に鼓動が高まる。
自分の下から漂う彼の香りが、余計にそれに拍車をかけた。

「…ほら、今流れたえ」
「ぇ⁉」

流れただろう場所を示されるけれど

「…ごめんなさい、見てませんでした」

そう言うと、困った子やなぁ、と笑われた。
折角連れて来てくれた彼に申し訳なくなり、次こそは逃すまいと食い入るように眺める。

こちらに来てから、ゆっくり星空を眺める事がなくて気付かなかったけれど、
人工的な、ある意味暴力的なまでの明るさのない所で見る星空は
見た事がないくらいの星でいっぱいだった。

感動しきりの私に、ぽつりと、秋斉さんが口を開いた。

「あんさん、今日何の日か、知ってはる?」

「今日?」

顔ごとこちらに向けて私を見つめるその視線を受け止めて、考える。

「ぁ…七夕…?」
「せや」

今の自分にはあまり関係のない事の様な気がして…
気にかけていなかった。
日付で毎日を考えなくなってから随分経つ。
あの時、明後日、と彼に言われてすぐ解らなかったのが情けない。

「あんさん、置屋で短冊も書かはらへんかったんやろ?それがちびっと、気になってたんや」

少し困った様な笑みを浮かべて秋斉さんは言う。
花里ちゃんあたりから聞いたのかな。
そんな事まで、気にかけてくれていたのが少し嬉しい。

「それは…」

黙ったまま、先を促してくれる。
でも気恥ずかしくて彼の方は見ていられず、星空を見上げた。

「私のお願いごとは、書けることじゃないですから」

あなたの隣にいたいなんて
色んな意味で、書けない。

「だから、私の心の中だけに、飾っておきたくて」

今夜の様に気に掛けて貰えただけで、満足しないと罰が当たりそう。

「でも、折角ですから…今日流れ星が見れたら、お願いしておきますね」

そう言いながら彼の方を向くと、さっき見た時から変わらずに、私の方を見たままだった。
瞳の色は深くて…暗くてよく、分からない。

続く沈黙が少し怖くて、私は口を開いた。

「でも、秋斉さんも…書かなかったんですよね?お願いごと、ないんですか?」

軽く息を飲む音がした後、少ししてから彼は言った。

「…ありますえ」

今度は私が黙ったまま、先を促す。

「わてにも、ひとつくらいありますえ。ただ、そんな事を書く歳やないし…それこそ、書ける事でもらあらへんし」

苦笑いを浮かべながら言う彼から目を離せない。
何だろう。秋斉さんのお願いごと。

「何なんか、気にならはる?」

雰囲気が漏れ伝わったのか、笑みを含んだ声で尋ねられた。

「それは、まぁ…。でも、大切な事だと思うので、お尋ねする訳には…」

そう答えると、吐息だけで笑われた。

「あんさんはそういうところが律儀やね。きっと花里なら教えてくれ言うて、離してくれんよ」

その様子を想像して、秋斉さんと一緒に笑ってしまう。
でも…と、彼は続けた。

「少しは、叶うたよ」

そよそよ、風が吹き抜ける。
くすぐったいのは、風が髪を揺らしたからか…じっと見つめられてるからなのか。

「残りも、叶えてくれはる?」

…も?

少し引っ掛かりながらも、私でお手伝い出来るなら、と答えた。
すると彼はくすりと笑って、

「あんさんは、やっぱり律儀やなぁ」

と、目線を空に戻した。
つられて私も、上を見る。

「ところで、何で流れ星が見えたら願いが叶うんどすか?」

言われて
そういえばこれは日本の風習ではなかった事に気づく。

「私の…故郷、では。そう言われてるんです。
流れ星が流れたら、心の中でお願いを言うと叶うって」

確かこれで合っていた筈だと思う。
それを聞いた彼が、微笑んだ気配がした。

「せやったら、書かれへん願い事には丁度ええね」

それからは、ただ空を見上げて、星を探す。
この空なら、流れ星なんてすぐ見つかる気がした。

そして…
二人で小さく声をあげるまでには、やはり然程時間はかからず
しっかりと、心の中で呟いた。



「ちゃんと、出来はった?」

終わりが迫る。

本当は、まだこうしていたい。

でもこの人は毎日忙しいから、無理はさせられない。
それでも3つくらい見れるまで待ってくれたのだ。
だから素直に、はいと答えた。

「さよか。ほんなら、戻りまひょか」

名残惜しさから、すぐには起き上がらない私を、秋斉さんが覗き込んだ。
星空を背景に、目の前に綺麗な顔が飛び込んでくる。

あまりの事に言葉を出せない私を、単にごねていると思ったらしく

「こんだけ綺麗に晴れた七夕やさかい。
流れ星もやけど、彦星はんと織姫はんも一緒になって、景気よぉ叶えてくれはるよ」

と、あやす様に前髪を梳きながら言われてしまう。
その上、手まで差し出されてしまっては抗いきれなかった。

起き上がる一瞬、侍従の香りがより濃くなる。
潜むほのかな甘さが、しみた。



羽織を渡す。
おおきに、と受け取る。
行きと同じく手を貸してくれる。
握り返して、元来た道を登る。

一つ一つが、名残惜しい。
せめて
離されるまでは、手はこのままが…と。

特に強く握っていた訳でもないのだけれど、
秋斉さんは何も言わずにそのままでいてくれた。
暗くて危ないからなのか、それとも…。


ううん、そんな筈はない。
こんな素敵な人だもの。


少しひんやりした手。
羽織を私に使わせてくれたからかもしれない。
素敵で、優しい人。


空を仰ぎ見ると、先程と変わらず綺麗な絨毯が広がっていた。
何回も同じ事を願えば、叶ったりしないかな。

「そんなに気に入りはった?流れ星」

さっきよりは彼の表情がよく見えた。
いつもの、静かで穏やかな微笑み。

「…そんなら、また行かはる?」
「良いん、ですか?」

きっと今の私の顔は、間抜けだろうと思う。

「へぇ。次は七夕やないから願い事が叶う力は弱いかもしれまへんけど…
あんさんがそれでも良いなら」

見られていても構わないくらい嬉しくて
つい、顔が盛大に緩む。

その時、
握る手が少し温かくなった気がした。



今の自分からは
まだ少しだけ、あの涼しげな香りがする。

それが唯々、嬉しかった。





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山奥で、空をただ眺めていたら、流れ星が普通に何個も見れた経験から。
見えてないだけで、あるんだなぁって。
そう思ったんですよね。
それを切り取って、ここに(笑)