幸せな人生をおくっていくためには、言葉の調律が非常に大切です。普段発している言葉がその人の人格をつくっていくともよく言われます。

極端な例をとれば、日本の皇室の方たちは人前だけではなく、普段もきれいで整った言葉を使っているでしょう。ですから、結果として誰もが認める上品なオーラが出てくるわけです。

この言葉の使い方というのは、育った環境が大きく影響してくるものです。だからといって、自分の家が汚い言葉を使う家だったとかいうことは言い訳にはなりません。なぜなら、その生まれて来た環境ですら、自らが選んで生まれて来ているからです。

ですから、この言葉の使い方においては後天的に修正していくしか方法はありません。なるだけ、早いうちに子供の頃から言葉の調律をしていくべきです。そのためには親がまず言葉を正さなくてはいけません。

前にも書きましたように段々歳を取ると「有」の状態に魂が固まってきて修正がなかなか出来なくなってきます。なので、余程よくよく注意して取り掛からないと言葉の調律は出来ないものなのです。

専門的には正語の反省といいますが、日々の中で今日一日正しく言葉を使えたかを振り返ってみるのです。少なくとも地獄的な言葉を発さなかったかどうか、あるいは思ったことをすぐ口に出さなかったかどうか、我を忘れてカーッと怒ってしまわなかったかといったように、まずマイナスの部分を絶っていくことです。

そして、なるだけ天国的な言葉を積極的に口に出していくことです。何が地獄的で何が天国的かは魂的な本能でわかるはずです。なぜなら、魂には本来天国的な属性しかないですから、地獄的な言葉を発すると魂の中核である心が痛むようにできているからです。

それすら分からない心の状態になっている人は要注意です。相当日々悪想念に魂、心が浸かっているということですから・・・。

この言葉の調律が9割がた出来てくると、あの世の天国に帰ることができるといわれています。いいですか、9割です。大変ですよね。なぜなら、あの世の世界は波長の世界です。9割方最低限の整った波長を出せていない限り、天国霊とは調和できないのです。

なんか脅し文句になってしまっていますが、間違いなく事実ですから、信じて言葉を整えていきましょう。私もまだまだですから・・・。

ここまでのことが理解できてきますと、道徳的になぜ正しい言葉を使わなければいけないのかが分かってきます。それは、間違った言葉は相手や他人を害したり傷つけたりするばかりではなく、実は自分の魂を病ましてしまったり害してしまうからなのです。結果、そこで天国地獄が別れてきてしまうのです。要は自らの霊性を保つために必要最低限のことなのです。

ポイントは理性です。感情のコントロールをしていくことです。喜怒哀楽の怒と哀の部分をコントロールすることです。喜びや楽しみは大きければ大きいほどいいでしょうが、怒りや哀しみは程々と心得ることです。

それと、相手の顔を見ながら話をしてくことです。言葉を発した後でも相手の顔を見続けることができるような話をしていくことです。やなことを言いながら相手の顔を見続けることはできないでしょ。そうすると相手の表情次第ですぐに修正ができます。

そんな感じでがんばって天国的な言葉をみんなで出し合っていきましょう。そうしたらこの世は天国になります。