悠久の不思議な歴史を巡る旅!【大原郷編】 | 龍虎俊輔の独り言-無心是我師-

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[- 悠久の不思議な歴史を巡る旅 -]
≪ 大 原 郷 ≫

多くの
不思議な伝説が残る
大原郷歴史探訪の旅は、
本日が、10日目

本日は、
仏教にまつわる伝説を巡る旅
となります。

それでは!私と一緒に
悠久の不思議な歴史を巡る旅に
出掛けましょう!

不思議 10
〔 熊谷腰掛石・鉈捨藪 〕
三千院の北、
律川に架かる萱穂橋の左手前にある。
後述する法然腰掛石より
やや小振りな岩でありますが、
腰掛けやすそうで、
どことなく風情があります。
熊谷蓮生坊は、
師の法然が、「大原問答」中、
この石に腰を掛け、
法問の勝劣を聴聞したという。

『山州名跡志』に
鉈捨藪は村より来迎院に至る路傍の左の藪也。
伝へ云ふ。
法然上人大原問答の時、
熊谷蓮生坊法衣の下に鉈を指て師に供す。
師若し論に負け玉はば、
法敵の頭を討んの支度なり。
師 太制せる故に即棄し所なりと

と記されています。

『都名所図会』にも
鉈捨て藪は品川の北にあり。
大原問答のとき熊谷蓮生坊、
鉈を袖に隠して法然上人に供す。
連生のこわく、
" 師もし対論に負けたはば
 法敵ほ討ち殺さんとの用意なり "と。
師これを聞きておほいに
制したまへば、
鉈をこのところに捨て置きしとなり。
熊谷蓮生坊は
律川の橋南のつめにあり。
連生坊このところに
腰をかけて法問の勝劣を聴聞しなるけり

と記されています。

尚、
熊谷蓮生坊が
法然上人に論されて鉈を捨てた藪は、
腰掛石の背後にあったという。
しかしながら
現在は、
茶店が立ち並んでいます。



本日の歴史探訪ツアーは
ここまで!となります。

明日以降の
歴史探訪の旅の更新を


乞うご期待!!

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 龍虎 俊輔 
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