自覚から緊急搬送まで
最初自覚したのがいつかというと、正月が明けて4日目のことだった。
年末はオタクであり、20代男子の私は、有明で有名な即売会に連日参加し、年明けは神田明神で初詣をして帰りに友達と居酒屋で新年会をして普通に過ごしていた。
ここ数ヶ月、倦怠感が強かったり、階段を登っただけで息が上がったりと、運動をしていなかった私は運動不足かと考えていた。
1月4日は、知り合いに会いに都内まで出かけ、夕方ごろに帰宅してた。自宅はアパート二階なのだが、階段を上がっただけで、マラソンを走ったのかというくらい息切れを起こしたのだ。しばらくしていれば良くなるだろう、いい加減ジムでも通って運動しないとやばいかなというくらいの考えだった。
しかし、一向に息切れは収まらず、数時間が経過し、動悸も出始め、左胸の痛みがどんどん酷くなっていた。正月がもうすぐ終わるから精神的にきているとか、そういうことも考えていたけど、これは変だ!という感覚を覚え、♯7119 救急電話相談に電話し、症状を伝えた。
結果は、すぐに救急車を派遣するとのことで、5分ほどで自宅に救急隊員が到着。椅子みたいなのに座らされ、二階から救急車の中へと移動した。
車内では、血圧や体温、血中酸素などバイタルをチェック。
SpO2(動脈血酸素飽和度)が85%とかなり低い値を示していた。
症状からみて心臓または肺に何らかの問題があるため、循環器や呼吸器のあるそこそこ大きい病院へ搬送された。これからはA病院と呼称します。
レントゲン、血液検査、心エコーをするも原因がわからず。
血液検査では、Dタイマーという血栓ができた時に上がる項目が、1.5と基準値より若干高めを指示したが、基準が1で、血栓ができた時は、30〜50といっきに上がるため誤差の範囲だと説明された。
喘息疾患があるため発作か精神的なものではないかというのが、循環器の医者の見立てであった。
ここから私の循環器内科の医者に対する偏見が始まるのだけどこれはまたいつか。
それから呼吸器の医者へと引き継がれ、対処療法としてネブライザー吸入とステロイドを投入され帰宅指示される。
SpO2が98~85の間で変動。改善したとはほど遠い感じであったが他に所見がなく帰宅するしかなかった。
呼吸器の医者は、喘息の音がしていなく、私自身も喘息の感じとは違うため二人で首を傾けていた。
症状が変わらない場合は、4日明け5日(日曜日)早朝になっていため、火曜日呼吸器科を外来を受診するように言われた。
つづく