2月29日水曜日と3月1日木曜日。
峰子は、引っ越し後、時間を作って丁寧に片付けようと、残していた細かい片付けをして、少し模様替えをした。
それにより動線が一層良くなって、里美にも好評だった。
これから忙しくなるので、その前に、出来る時に出来る事をしてしまおうと思ったのだ。
冷凍庫に作り置きのおかずを沢山入れて、冷蔵庫には当面食べる3日分の主菜と副菜を入れた。
これで、その日必要な分のご飯さえ炊けばOKだ。
峰子は、台所のコルクボードに、ご飯について書いたメモ付きイラストを、フクロウのピンで止めた。
気の合う姉妹は、同じ日に同じ物を買ってくる事が多かったので、ご飯事情は共有しておく必要があるのだ。
里美は、勉強やアルバイト等、自分の事をキッチリやりながら、家事の分担を愉しんでコナシテいた。
こうして峰子は万全の準備をして、心置きなく面接審査に臨める様に、この二日間をゆっくり過ごして、体調も整えたのだった。
3月2日、金曜日。
午前9時。
余裕を持って天満橋駅に着いた峰子は、先に面接会場に行って場所の確認をすると、すぐ近くの喫茶店に入った。
モーニングを注文し、ゆっくり薫り高いブレンド珈琲を味わっている内に、峰子の緊張は解けて落ち着いた気分になった。
午前9時45分。
ミス・ビューティーワールド日本大会の事務局の人が開場を告げ、面接審査を受けに来た参加者に順次案内を始めた。
参加者には予め番号が振られており、その順番で受付が進行していく。
峰子は35番だったので、少し待つとすぐ受付へ呼ばれた。
100番以降の人たちは、11時から受付けという風に、時間をずらして連絡されているらしい。
大人数なので、この日は700番までの面接を行い、後の300人の面接は明日行われるという、合計2日間にも渡る審査なのだった。
元々、ミスコンテストに興味を持った事がない峰子だったが、実際に参加するとなると、興味が湧いてくる。
峰子が周りを見渡すと、ものすごく気合いの入った奇麗な人が沢山いた。
峰子は、そういう人たちに失礼の無い様、自分も本気で頑張ろうと気合いを入れた。
面接審査は10人づつ呼ばれた。
それが、思いの外スピーディーに進んでいく。
面接審査が終わった人は、次の人たちが来る前に、この後の流れの説明を聞いて帰るのだ。
4回目の呼び出しで、35番の峰子は呼ばれた。
番号順に並んで面接会場へ入室すると、審査員が6人横一列に並んで、机越しに参加者を見ていた。
審査員と対面する10個の椅子に、参加者が着席を促される。
すると、事務局の人が言った。
「一人づつ順番に、名前・年齢・簡単な応募理由を言ってください、その後審査員から質問されましたらお応えください。一人が終わったら次の方へ移ります。よろしくお願いします。」
「はい。」
その場に居た参加者皆が、それぞれ返事をした。
長年続いているコンテストらしく、対応はとても洗練されていて、システマティックな流れだ。
峰子の順番が来た。
「長田峰子20歳です。こちらに応募したのは、本当に、生きてるだけで丸儲けだったと皆さんに伝える為です。」
峰子が言うと、審査員の一人が質問してきた。
「そう思うに至る何かがあったのですか?」
峰子が神妙に応えた。
「はい、連続殺人事件の13番目の被害者にならずに済んだからです。」
峰子がそう言うと、審査員だけでなく、その場に居た事務局の人や参加者、全員が騒めいた。
「それは、すごい経験をなさいましたね。」
「はい、助けてくださる方がいたので、お陰様で今ここに居られます。」
「そうですか。ありがとうございます。もっとお聞きしたいのですが、時間が決まっているので、次の方へ移ります。」
「ありがとうございました。」
峰子は審査員と事務局の人にお礼を言って、一礼した。
こうして峰子の面接審査は終わった。
3月3日、土曜日。
午後2時30分。
柴田弁護士法律事務所へ、面接審査を終えたミスコンの大会事務局から、峰子が最終100人にエントリーされたと電話連絡が入った。
峰子についての連絡は、今後もこの事務所にしておくよう、祐二は父である所長から言われていた。
これからマスコミが動き出すので、峰子個人の連絡先は出さない方が良いとの判断だった。
祐二は知らせてくれた事務局の人にお礼を言って、電話を切った。
自分の勘が当たって、彼は満足気に何度も頷いた。
そしてすぐ峰子と森川、そして山口に電話を入れて合格を報せた後、事務所の皆に伝えて喜んだのだった。
祐二の電話は、コンパの為に出かける前の峰子に、都合良く繋がった。
「先生、報せてくださって、ありがとうございます。これから近藤君の為のコンパなんです。」
「あはは、そうなんですね。峰子さんも息抜きして愉しんでください。」
「はい、そうします。美和さんや皆さんにも、よろしくお伝えください。」
峰子は祐二との電話越しに、美和がキャーキャー言って大喜びしているのを聞いて、有難いと思いつつ、笑顔で電話を終えた。
美和は、自分に大きな幸せをモタラシテくれた峰子に、心から感謝していた。
だから、彼女の幸せを祈りながら、出来る限り全力で応援していたのだった。
美和が笑顔一杯、祐二に言った。
「急いで応援の団扇と、横断幕作らないとね!」
この話は、あっと言う間に広まった。
美和から家族と石本へ、家族から別の家族や幼馴染へ、山口から医者協会の理事たちへ、石本から部下へ、部下からそれぞれの相方へと伝わり、夜には関係者全員の知る処となり、全員が驚きつつも大喜びした。
この後、コンパに来る看護学校の友達から、元クラスメイトや学校の教官たちにも広まるだろう。
峰子は、洋子を見てウキウキ華やいだ、近藤の笑顔を思い出して微笑んだ。
近藤が気に入った洋子の好みは、とてもハッキリしていて、条件の一番が長身で男前である事だった。
後は真面目にちゃんと働いているコト。
意外と面食いな洋子のタイプに、近藤はピッタリのはずだ。
きっと二人は上手く行くだろう。
「イイ感じ。」
そう呟いて、峰子は、コンパの待ち合わせの為に用意をした。
午後5時
「いってきます。」
峰子は家に挨拶をして出かけた。
誰もいなくなった家は、結界を張って留守番を始めた。
今夜は里美も、友達とご飯に行くと言っていた。
家は、深夜に帰宅する家人を居心地良く迎える為、自動的に波動調整を始めた。
この家は、ものすごく、デキル子なのであった。