スーツの男性たちは峰子に、鉄道公安官だと名乗った。
坂本朝治が線路に落ちた件は、最初、只の転落事故扱いだったが、ホームでの一部始終を目撃していたリュックサックの男性が、見た事を証言したので、殺人未遂事件だと判明して、坂本朝治は現行犯で逮捕されたのだった。
年配の鉄道公安官から事件の経緯を聞かされた峰子は、少なからずショックを受けたが、冷静になろうと繰り返し深呼吸をして、動揺している自分を落ち着かせた。
少し落ち着いた峰子は、視野を広げて物事を捉えて、何をするべきかシンプルに判断して行動しようと考えた。
峰子は、その年配の鉄道公安官に言った。
「これから事情聴取とかありますよね。」
「はい、お願いします。」
「じゃあ先に、この方にお礼を言わせてください。」
「いいですよ、どうぞどうぞ。」
峰子は、自分の時間を使って証言をしてくれたリュックサックの男性に、心からお礼を言った。
「あの、貴重なお時間を使ってご証言頂いて、ありがとうございました。」
「いえいえ、当然の事です。それより大丈夫ですか?顔色が良くないですよ。」
「ええ、ちょっとショックで、でも私、めっちゃラッキーでした。目撃してくださった方がいて、しかも証言までしてもらえて感謝です。あ、後、うどんとお稲荷さんにも感謝です。」
その場にいた全員が、それを聞いて思わず笑った。
リュックサックの男性も笑いながら、ポケットから名刺を出し峰子に渡した。
「僕はこういう者です。何かお役に立てる事があるかもしれません。」
「頂戴します。あ、私は学生なので名刺持ってないんですよ。すみません。」
「大丈夫ですよ。よろしければ連絡先を教えて頂けますか?」
「はい。書きますね。」
峰子は、持っていたメモに電話番号と名前を書いて、一礼をして渡した。
リュックサックの男性も、一礼して峰子からメモを受け取った
「長田峰子さんですね、ありがとうございます。落ち着いた頃に連絡しますので、よろしくお願いします。」
「はい、わかりました。」
名刺には、毎朝新聞、報道部記者、森川祐樹、とあった。
マスコミ関係の森川と、このタイミングで出会ったのは、偶然ではなく必然なのだろうな、と峰子は思った。
森川にお礼を言った後、祐二との約束がずっと気になっていた峰子は、駅の時計を見た。
時刻はもう午後1時になろうとしていた。
これから行われる事情聴取では、どれくらい時間が掛かるか判らないので、1時半に祐二の待つ事務所へ行くのは到底無理だろう。
だから、早く祐二に連絡して、行けなくなったと伝えなければならない。
そう思った峰子はこの伝言を、一番話しやすそうな若い鉄道公安官に頼む事にした。
彼に事情を説明した峰子は、柴田弁護士法律事務所の電話番号と、相談相手である柴田祐二の名前を書いて渡した。
連絡先を見た鉄道公安官は、少し目を見開いて峰子に聞いた。
「ここへ行こうとしてたんですか?」
「はい、1時半に予約をしています。」
「それは早く連絡しないと。いま電話してくるから、安心して。」
「ありがとうございます。助かります。よろしくお願いいたします。」
峰子はこういう時、いつも思う事を、小さく呟いた。
「起きる事は最善なんや。だから大丈夫。全部うまく行く。」