峰子が部屋に入りドアを閉めて挨拶すると、担任の佐藤が奥にある椅子に座るよう案内した。
先生方と男性で峰子を囲むように並ぶ形だ。
どうやら話は、少し長くなるようだ。
初老の男性のひとりは、穏やかな表情の高井だ。
峰子はもう一人の初老男性を見て、この人は坂本医師の父親なのだろうと、何となく察した。
佐藤が峰子に、二人の男性の紹介をした。
「高井先生は知ってますね。で、こちらは坂本朝治先生。お二人共当校の理事です。」
峰子は椅子から立ち一礼して言った。
「第1課2回生の長田峰子です。」
高井が言う。
「まあまあ、座ってくださいな。」
峰子は頷いて「はい。」と言って座った。
坂本朝治は険しい表情で峰子を睨んで言った。
「本日、緊急理事会が行われました。事案は君、判るだろう。」
峰子が応える。
「昨夜の事ですか?」
「そうだ。君は前途ある外科医に怪我をさせて、将来まで奪おうとしている。」
怒りを孕んだ声で、坂本朝治が峰子を非難した。
峰子は冷静に、昨夜の状況を説明した。
「羽交い絞めにされて『騒ぐな。』とメスで脅され、車で拉致されそうになったんですよ。逃れようとするのが当然ですし、被害届も出しますよ。私殺されそうになったんですから。」
「息子は、ちょっとフザケただけなのに、右手の小指を捻られ背負い投げされたと言っている。看護婦は医師をサポートする役目だ。外科医の指を捻るなんて許されない事だよ。」
「四人の警察官が目撃して、現行犯逮捕しているのに?」
「息子と私は、君を過剰防衛で刑事告訴するつもりだ。勿論民事でもね。」
黙っていた佐藤が言った。
「理事会では、そんな学生は退学処分が相当だ、という話になったそうです。」
高井が首を振りながら言った。
「僕は、長田君の話を聞かずに結論を出すのは、一方的過ぎると思いますよ。」
坂本朝治が高井を冷ややかに見ながら言った。
「だから今聞いてるじゃないですか。」
峰子が言った。
「私は取り調べ中の事件について、喩え知っている情報があっても、今ここでそれを話せる立場にはありません。先程お話した事が目一杯言える事なんです。でも、これだけはお伝えしておきます。この件は所轄の警察署ではなく警察庁が動く案件になってます。その内マスコミの知る処にもなるでしょう。不躾な言い方で申し訳ありませんが、坂本先生は息子さんを心配するよりも、ご自身の心配をなさった方が良いと思います。」
峰子の言葉で、部屋の空気が冷えたような感じがした。
しばらく沈黙が続いた。
暗くなりかけた窓の外から、ヒヨドリが騒いでいる声が聴こえた。
皆、何を言って良いのか解らない様子だったので、峰子は立って一礼して言った。
「これ以上お話する事はありません。不当に退学を勧告されたので私も代理人を立てます。私の時間と労力とお金を返していただきます。失礼します。」
峰子は部屋のドアを開けて出て行こうとしたが、思い出したように振り返って言った。
「言い忘れていましたが、この会話録音させてもらってます。では、お疲れ様でした。」
ほんの数分前まで、峰子が信頼していた先生たち。
その人たちが『信じられない』という眼で峰子を見ていたのが悲しかった。
でも、高井だけは物事を公平に見て、峰子を信じてくれたように感じた。
峰子は高井に心から感謝した。
駅へ向かう坂道を上りながら、峰子は柴田祐二に相談しようと決めた。
「その前にお金を作ろっと。」