家には、峰子の両親と長坂晃と井上正道がいた。
そこに上田と花岡と石本と峰子が加わると、六畳二間の狭い家はギュウギュウになった。
父親が険しい表情で石本を睨みながら無遠慮に言った。
「お宅は何処のどちらさんでっか?」
「私は石本の息子です。お久しぶりです。」
「おお!石本さんとこの馨君か!大きなったなぁ!今は何してるんや?」
「警察の交通機動隊で課長してます。」
父親の表情があからさまに変化して柔らかくなった。
「ほぉ、頑張ってるんやなぁ。」
「いやあ、ぼちぼちですわ。」
母親も歓迎ムードになっている。
「馨君、男前になったやん。私が若かったらぁ~、うふふ(笑)」
花岡以外、皆が歓迎ムードで、和やかに話に花が咲き、無事にカレー会が終わった。
「ちょっと用事があるから、カオルちゃんと別宅に行ってくる。」
峰子がそう言うと、両親は石本に愛想よく言った。
「またいつでもおいでや~。」
別宅につくと、峰子は炬燵のスイッチを入れた。
部屋の中は深々と冷えている。
マグカップに淹れた熱々のコーヒーを、石本に手渡しながら峰子は言った。
「ホンマごめんね。気づまりやったでしょ。」
「いやいや。峰子のカレー美味しかったし。」
「あはは。」
「でな、俺らあのぅ・・・」
石本が続きを言おうとしたその時、部屋のチャイムが鳴った。
「お姉ちゃ~ん、あ~ちゃんやけどぉ~。いてるぅ~?」
妹の友達の鈴木あかねだ。
峰子は玄関へ行った。
「あ~ちゃん、どしたん?」
「あんな、明日からしばらく泊めて欲しいねん。」
「ええけど、何かあったん?」
「アンパン辞めたいねん。」
「うん?あぁ~シンナーね?」
「うん、あ~ちゃんアンパンやってる時の写真友達に撮られてんけど、それ見たらアホみたいな顔しとって、もうこんな事してるの嫌になってん。お姉ちゃんとこなら邪魔されへんから、安心して辞めれる思ってん!」
「わかった。明日やね。ほな泊まる用意しておいで。」
「ありがと、お姉ちゃん!明日の夜ちょっと遅くなるけど、よろしくお願いします!」
部屋の中に戻ると、峰子は石本に言った。
「今のん、聞かへんかったコトにしてな。」
「おお。あれ、鈴木あかねやろ?」
「知ってるん?」
「白バイ乗ってるからな。いつも鬼ごっこしとる仲や。」
「なんやぁ。仲良しさんやったのね。」
「まぁな。で、俺ら、付き…」
石本が照れながら言おうとしたその時、また、部屋のチャイムが3回けたたましく鳴った。
「カオルちゃん、ちょっとごめん。」
峰子が玄関を開けると、後輩の木下京子がコンビニ袋を見せながら立っていた。
「峰子ちゃん、はいっ、お土産~!」
「京子ちゃん、ごめん!悪いけど今来客中で。。。」
京子が目ざとく石本の靴を見て、ニヤリと笑いながら親指を立てて見せながら小声で囁いた。
「峰子ちゃん!これ?ぐふっ、彼氏?彼氏なん?」
「いやいや、ちゃうからぁ!」
「ぐっふっふっ!ええからええから、ほなまた来るからねんねんねん💖」
「誤解してるで!京子ちゃん!」
京子は手でハートのカタチを作りながら、笑顔で帰って行った。
「カオルちゃん、外行こう。そろそろ妹がアルバイトから帰ってくる時間やから。」
「おお、わかった。ほな、バイクでドライブや。」
そう決めて外へ出ると、上の方から猫の切羽詰まった鳴き声が聞こえてきた。
「にゃあーーーっ!にゃあーーーーっ!」
峰子が鳴き声のする方を見上げると、木の上に隣の家の飼い猫、茶虎のターコがいた。
「あれ?ターコどしたん?降りられへんのん?」
ターコが一層大きな声で鳴く。
「にゃ~~~おぉぉぉ~~~~ん!にゃ~~~おおおお~~~~ん!」
そして、意を決したようにお尻を振りながら、峰子の肩に狙いを定めた。
「あっちょっと待って!ターコっ!待ってってっ!」
次の瞬間、峰子の肩に、10キロ超えの大きな猫さんがど~~~んと降ってきた。
「ぐほっ!ターコまた大きぃなったんちゃう?」
「にゃ~~~~おっ!」
峰子はターコに言った。
「はい、おんりしてね。」
しかしターコは、峰子の肩から降りるつもりはないらしく、すんっとして器用に首に巻き付くようにして座り込んだ。
「わかりました、お家まで送らせていただきます。」
「にゃっ。」
それを見ていた石本が、ゲラゲラ笑いながら言った、
「最後には猫にまでデートを阻止されてしも~たwwwww」
石本はコントみたいなこの展開に、しばらく笑いが止まらなかった。
こんなに大爆笑したのは、一年振りだと気付いた石本は、とても幸せな気持ちになっていた。
暖かい空気が石本を包んで温め、何かが解けたような感覚を覚えた。
石本は、峰子が持っている不思議なパワーに、何となく気付きはじめた。