つづき。
出産編 ②
さて、僕は病院を出て自分の昼食を済ませ、仕事場に向かっていたのは14時頃。妻から電話があり、
「なんか、陣痛きたっぽい」
と言われました。
ずいぶん曖昧な表現でしたが、なんかもクソも、陣痛なわけです。フィーバーなわけです。
「え、食事してたよね?」
「実は、食べてる最中にちょっと予期はしてた……」
どうやら彼女は食事中にお腹が痛み始めていたらしいのだけど、もう食べはじめちゃったし、なにより美味しいし「ここはいっちょ行けるとこまで行ってみるか」と箸を進めていたようなのです。
結果、前回の説明通り麻酔が使えなくなりました。
麻酔を使うにしても胃の中が空になるまで何時間も陣痛に耐えることに。
ま、それはそうとして、僕自身もどうしていいのかわかりません。僕はいってみれば自営業者だし、その日は打合せも執筆以外の仕事も入っていなかったので、とりあえずまた病院に戻ることにしました。
正直なところ、自然陣痛がきてから通常だと何時間後に赤ちゃんが生まれるのかも、このときは知りませんでした。
いやね、言い訳するわけじゃないけれど、計画出産日の予定自体はきちんと勉強しておいたのです。何時頃に陣痛促進剤をうって、何時頃に麻酔を入れて、だいたい何時間後には真っ最中となるのか。
でもまさか自然陣痛が先に来るとは。ただでさえ初産婦は出産予定日より遅れることが多いいと言われてるのに。
この日、二度目の病院に着くと、妻は陣痛室でいろんな機械に取り囲まれながらうんうんうんうん唸っていました。
オタク気質の僕と比べると、妻は正統派のヤンキー気質の人間です。いや、誤解を怖れずに言えば、ドのつくヤンキー気質で、僕の友人たちは彼女のことをかなり真剣な眼差しで「アニキ」と呼んでいます。
そんな気丈な妻が額に脂汗を浮かべて、歯を食いしばって痛みに耐えているわけです。これほど苦しんでいる彼女の姿を見るのは、初めてでした。お腹を痛める、とはまさにこのこと。
このような場合に、男は完全に無力であります。
産気より食い気を優先させたための地獄であります。
とか冗談なんか言ってる場合じゃないほど辛そうです。
僕がしてあげられることといえば背中をさすってあげることくらいですが、どうやら体をさするだけでも体に響いてしまうようで、文字通り黙って見守るしかありませんでした。
★つづく