ボクタビ第1部[星の王子様] | 情熱派日本夕景

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4月10日。
入学式から数日経った。
結城は大学のダーツ同好会の予定表を眺めている。
そして、ちらりと駅前で配られた広告に目をやる。

「…喫茶店『ボクタビ』…。
スタッフ募集中…。
非常勤OK…。

凄いノリだな、経営者…。」

この広告…ピンクと黄色をふんだんに使った、所謂『パブ』の広告のようなものである。

まあ、配っていたのが好みの美女だった訳だし、パブ風喫茶なのかも…と、少々の妄想もしながら、アクセスをチェックする。

…。
縫殿…。
西小坂井駅からすぐそこ…。
葬儀屋ケンちゃんから左に3件目…。

「…葬儀屋ケンちゃん…。

目と鼻と先だな…。」

そこから左に目をやる。

至って普通の喫茶店である。
特に変わった事なんて…。


『喫茶・ボクタビ』


…広告の割には地味である。

と、突然…。

「なんか…久々の感じがする。
懐かしい感じが…。」

胸元の宝珠が、急に蠢きだした。
しかも、都が近くにいるような…そんな感覚である。

「そういえば、1ヵ月も奴に逢ってないな…。



都、近くにいるのか…?」

そんなことも思ってみたが、

「…あとで連絡するか…。」

結局後回しである。
もちろん、旧友に逢いたくない訳ではない。
バイトの事を考えてただけである。

とりあえず、喫茶店のドアを叩く。


||☆┗(・_・;)コンコン

「はぁい♪(*^_^*)ノ

あら、扉の向こうは柚島?
それともバイト志望の方かしら?」

中から男の声がした。
しかも、硬派とは程遠い、ナヨっぽい…悪く言えば、オカマちゃんっぽい…そんな感じである。

結城はいろいろ考えてしまった。

「(オカマさんか…。
むしろ、よかったわ…。

こんな派手なビラを配ってんだ…。
硬派なゴツい漢(おとこ)が経営してたら、なんちゅう…。
かと言って、ナンパ男の配色でもないよな。
なんか納得やわ。

第一、配色が100%女だよなぁ…。)

すみません。
こちら、バイト募集中と聞いたものですが。」

すると、扉の向こうから…。

「あら、バイトさん?
チラシみてくれたのね?」

と、話す声がした。

「は、はい…。」
「とりあえず、中に来てくれないかしら?」
「は、はい…。
では…。」

結城はかなり緊張していた。
まあ多かれ少なかれ、人見知りすることは誰にもあるだろうし…。

とりあえず、中に入る…。

店内はまるで、ヨーロッパ料理店を思わせる造りである。

ヨーロッパ風の四角いテーブル1に対し、これまたヨーロッパ風の椅子が4…。
それが見渡す限りに並べられている。

壁も欧州の薫りを漂わせる。
そして、東の方角の大きな窓。
天井からテーブルまで大きく広がっている。

そして、雑誌類のラックにはスポーツ新聞に豊川まで行かないと置いていない雑誌までもが置いてある。

ただ、この小坂井の田舎風の町並みには不釣合な気もする。
まあ、西小坂井駅は各駅以外は滅多に止まらない駅なのだが。


そして、ここのマスター…(っつーか、この人を『マスター』って呼んでいいのだろうか…)。

「あら、こんにちわ☆ъ( ゜ー^)>」

想像通り、めちゃくちゃナヨナヨしていた。
…すでにやってしまった感じがする。

それは兎も角、まずは面接である。

「バイト志望の方ね。」
「まあ、一応。」
「お名前は?」
「暁…結城です。」
「…はい。
では、普段は何をしてるんですか?」
「…大学生です。」
「へーっ…。
じゃあ、どちらの?」
「三大文学部です。」
「あら、なかなかの子ね。
じゃあ、サークルとか…。」
「ダーツ同好会やってます。」
「へーっ…。
じゃあ、ダーツ得意なのね?」
「まあ…。
高校時代に全国大会で一応、優勝はしてます。


(まあ、世界大会でエラい目にあった事は黙っとくか。)」
「あー!!やっぱり(ノ^∇^)ノ

じゃあ、来れる日を教えてくれる?」
「…水曜日と…土日なら。」
「了解。

休む時は連絡よろしく。

じゃ、明日は土曜日だし、早速来てくれるかしら?

うち、スタッフ全然足りないし…。」
「分かりました。
では。」
「ありがとね(^_^)ノ」

こうして、結城は店を後にした。

その後…。
裏から疲れ切ったような足音が…。

「…あー、やっとメニューの加工上がった…。

(ゆうちゃん、変なタイミングで来るなよ…。
逢いたくて張り切っちゃったじゃねぇか…。)」

その足音は都のものだった。
そう、ここは都の就職先だったのだ。

「…あの、おじさ…。」

と、都が言おうとすると…。

「やだー!!大ちゃんったら…。
おばさんよ、お・ば・さ・ん!!
そこんとこ間違えないでよ!!」

分かりきった答えが返ってくる。

「…分かってます、分かってますから…。
(まずはこのキャラに馴染む事だな、ゆうちゃんよ…。)」

都はすでにタジタジ。

「何よ、あらたまって…。
とにかく、姉さん(都母)も…。」
「お袋は伊奈駅でしょ。
すぐに帰って来られませんよ。」
「あら、ごめんなさい。」

と、またも扉を叩く音…。

「マスター。
ただいま戻りました。」

西小坂井駅でチラシを配っていたお姉さんである。

「ご苦労さん、柚島。」

マスターがそう返すと、

「ありがとうございます。

でも…。」
「でも?」
「『柚島』はやめてください!!
私は島田柚姫(しまだ・ゆずき)です!!
みんなが勘違いしてしまいますから!!」

この様子じゃ、彼女は『柚島』というニックネームを嫌っているようだ。

「えー…。
いいニックネームだと思うけど…。」

もちろん、付けた本人としては、取り消したくない。
むしろこのままでいて欲しいくらいだ。

「…もういいです。」

柚島さんはすでに参っていた。


とまあ、『ボクタビ』はこんな雰囲気の喫茶店である。

ちなみに明日オープン予定。


一方、帰り道の結城。

「…。」

自転車で縫殿内を走行中。
帰宅途中である。

ちなみに自宅は平井の奥の方である。

と…

『~♪
~♪
~♪
~♪
~♪』

美しいテノールが聞こえてきた。

が、結城は無視…。

『~♪
~♪
~♪
~♪
~♪
~♪
~♪
~♪
~♪』

音は途切れず、且つどこへ行っても音が小さくないのである。
むしろ、大きくなっている。

結城はさすがに気付き、自転車を止めた。

確かな事はある。
普通のわらびもち屋だとか石焼芋屋、竿竹屋…その類いではない事だ。

明らかにクラシックなのである。


「…モーツァルトの『レクイエム』だな…。

なんでこんな田舎で聴こえて来るんだ!?」

結城は段々、落ち着かなくなった。

そもそも『レクイエム』というのは、死者にささげるためのミサ曲である。
まるで、歌い手に狙われているような感じがしてたまらない…。

「…畜生…。
どこにいやがる…。」

不安は最高潮寸前になってきた。
さらに、宝珠までもが嫌な反応を見せていた。

「今までにない干渉…。
まさか、悪霊!?」

ただでさえ、光もほとんどない夜道(田舎特有の月の光のみ)は、男でも怖い(コケるか分からないので)のであるが、その上、謎の歌声…。

結城は改めて自転車をこぐ。
自転車のライトで探り出そうとしていた為である。

しかし、何も変わらない。

それどころか、歌声は益々大きくなる。

平井の自宅が、段々遠くなる気がした…。

「(畜生、邪魔しやがって!!
俺を呪い殺すつもりか!!
俺はまだ死にたかねぇっつーの!!
)」

嫌な気に悩まされながらも、突き進む。

しばらくして、ようやく隣りの貝塚(稲荷の貝塚)を見つけた。
自宅がようやく見えてきた。

「(よしっ!!
ひとまずは何とかなりそうだな…。)」

と、思った。
が、歌は止む気配もない。

すると、

「結兄、おかえり(ノ・∇・)ノ
…さっきから、何か五月蠅いね…。」

中から紗香が出てきた。
どうやら紗香にも『レクイエム』は聞こえるらしい。

結城はゼェゼェいいながら、妹にある物を要求した。

「…スポーツドリンク、500ミリリッターで!!」

その一言に、紗香は

「…ちょっと待ってよ。
それ、お弁当用なのに…。」
と、渋る。
すると、

「じゃあいい。

とりあえず、何があるかはわからないから、表には絶対に出るなよ!!」

妹に警告する結城の眼鏡の下の眼は、なんだか焦って見えた。

「結兄…。
よくわかんない…。」

とりあえず、表の戸を閉める紗香。

「よし…。」

そうやって、一息ついた結城は、一旦目を閉じ、眼鏡に手を当てた。

そして、眼鏡を外した。