ライ・クーダー『Mambo Sinuendo』 | Apple Music音楽生活

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レンタルCDとiPodを中心とした音楽生活を綴ってきたブログですが、Apple MusicとiPhoneの音楽生活に変わったのを機に、「レンタルCD音楽生活」からブログタイトルも変更しました。

 この記事のタイトルはライ・クーダー『Mambo Sinuendo』としましたが、このアルバムの正式なアーティストのクレジットはライ・クーダーとマヌエル・ガルバンの共同名義となっています。と言うか、この作品の主役はマヌエル・ガルバンというキューバのギタリストです。

少し前になりますが、ギター・マガジン9月号の「トロピカル・スウィンギン」というキューバからブラジルにかけての中南米のエレキ・ギターのギタリストの特集を読んでいて、マヌエル・ガルバンについての記事の中でこのアルバムのことが書かれていました。

いや、この記事を読んでブログを書き始めて随分と時間が経ってしまいました。最初はライ・クーダー関連のアルバムなので書けるかなと思っていたのですが、書き上げるには、この地を征服したスペイン由来の音楽と奴隷として連れてこられた黒人のアフロのリズムの融合により生まれたキューバ音楽というものをある程度は理解するために基礎的なところを聴いたり、マヌエル・ガルバンについての重要なポイントであるエレキ・ギターのエフェクターについて調べる必要がありました。

まあ、結果としては7割がたはライ・クーダー関係のことを書くことになりましたが、正面切ってキューバ音楽について書くのは私には無理です。ロック・アルバムなら1,000枚以上は聴いていますが、私のApple Music のリストにあるキューバ関連のアルバムは20枚程度ですからね。

 

さて、私はApple Music 上にあるライ・クーダーの音源は、ほぼ全て登録しているので、このアルバムも聴いてはいましたが、ライのラテン・シリーズの一つだなという程度の認識でさほど聴き込んではいませんでした。

ライ・クーダーには、ハワイでギャビー・パヒヌイらと共演した『Gabby Pahinui Hawaiian Band(1974)』、インドのV.M.バットとの『A Meeting By The River(1992)』、マリでアリ・ファルカ・トゥーレと録音した『Talking Timbuktu(1994)』、キューバのベテラン・ミュージシャンらとレコーディングした『Buena Vista Social Club(1997)』など、彼が直接、その国に赴いて現地のミュージシャンと共演して制作した作品があります。

いずれも当地のギタリストと共演していますが、自身のギターは控えめに、あるいは別の楽器を演奏して共演者のギターを引き立ているという印象がします。ライはプレイヤーとして現地のミュージシャンの中に溶け込んでいますが、プロデュース・サイドに軸足があるという感じのする作品群ですね。

 

このアルバムをハバナのスタジオで共に制作したマヌエル・ガルバンはブエナ・ビスタのレコーディングには参加していませんが、ツアーには参加しているので、世界的大ヒット・アルバム『Buena Vista Social Club』のスピンアウト企画という捉え方をすることも出来なくはありません。実際、ブエナ・ビスタの参加ミュージシャンからはウッド・ベースのオルランド・"カチャイート"・ロペスとコンガのミゲル・"アンガ"・ディアスといったプレイヤーが起用されています。

 

 

 Ry Cooder / Manuel Galban 『Mambo Sinuendo(2003)』

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抜けるような青い空をバックに1950年代のアメ車の象徴のようなテールフィンを大写しにトリミングしたジャケ写真。

『Buena Vista Social Club』のジャケットにもあるように、ハバナの市街地では1959年のキューバ革命以前のアメリカ車が今でも走っているというイメージがあります。

アメリカの資本と文化が入りマンボが隆盛していた50年代のキューバを一発でイメージできる秀逸なアート・ワークですね。

 

  Track Listings

 1. Drume Negrita

 2. Monte Adentro

 3. Los Twangueros

 4. Patricia

 5. Caballo Viejo

 6. Mambo Sinuendo

 7. Bodas de oro

 8. Echale salsita

 9. La luna en tu Mirada

10. Secret Love

11. Bolero sonambulo

12. Maria la o

 

収録曲はキューバ音楽のスタンダードを中心にライ・クーダーとマヌエル・ガルバンのオリジナル曲を交えた構成です。ブエナ・ビスタでは19世紀半ばが発祥とされるキューバの伝統音楽ソン(ルンバの名称で世界的に知られています)の古い楽曲が中心でしたが、このアルバムでは比較的新しい1950年代頃の曲も選曲されているようです。

何よりも違うのはギターですね。ブエナ・ビスタはアコースティックですが、『Mambo Sinuendo』でマヌエル・ガルバンが弾いているのはエレキ・ギターです。

まずは冒頭の"Drume Negrita"で彼のギターをお聴きください。

キューバの名作曲家エリシオ・グレネという人の作品のようですね。

 

 

何やら聴いたことのある懐かしい音だなと思ったら、これは60年代のエレキ・ギターのサウンドですよね。

こういう音はギターマガジンによると「トゥワンギー・ギター」というそうで、1957年に登場してエレキ・ギターによるインスト・ロックの先駆けとなったデュアン・エディがその代表格で、ベンチャーズなどのギター・インスト・バンドやサーフ・サウンドに影響を与えました。

デュアン自身は2つののピック・アップの中間かネックに近いほうでピッキングし、リア・ピック・アップだけを使いながら、トレモロ(音量を周期的に変化させるエフェクター)を効かせた音の揺れで独特の残響感のあるトーンを出していたようです。

ガルバンは1963年に参加したロス・サフィーロスというドゥーワップのグループのギタリスト兼アレンジャーとして有名になった人なので、元々、アメリカ志向のある人ではありますが、直接的にデュアン・エディに影響されたというよりも、このグループのキューバ音楽にドゥーワップの要素を取り入れた新感覚のポピュラー・ミュージックにマッチするギターの音を探して、エフェクターやピックアップの使い方を工夫している内にトゥワンギーぽい音になったということなのかもしれません。

さて、この曲ではライ・クーダーは何をやっているかというと、スティール・ギターを弾いているんです。

当代きってのギター名人として知られるライ・クーダーですが、彼はマルチ・プレイヤーとしての一面も持っています。初期の頃からヤンク・レイチェルの影響を受けたマンドリンの腕前にも定評がありましたし、その後、レジェンダリーなプレイヤーとレコーディングを重ねる都度にギターのみならず、様々な楽器の手ほどきを直々に受けていたような節があります。このスティール・ギターについては、おそらく、70年代半ばの『Gabby Pahinui Hawaiian Band』、『Chicken Skin Music』のレコーディング時にギャビー・パフィヌイあたりから本場、ハワイのスティール・ギターの手ほどきを受けているのではないかと思います。

ライはこのアルバムで他の弦楽器ではエレキ・ベースとトレスを弾いています。

トレスというのは初期のソンでは主要な楽器として使用されていたもので、見た目はギターと変わりませんが、下図のように複弦・3コースの弦楽器です。

 

 

  Tres

 

マンドリンと同様、金属製の複弦が使われているので、中々の音量がありますね。トレスの名手、アルセニオ・ロドリゲスの遺した1940年代の名演を聴いてみるとリードもとっていますが、ラテン音楽でよく聴かれる、ピアノによるバッキングのリズム・パターンと同じような役割を担っているようです。と言うよりも、キューバ音楽が管楽器を加えた大編成で演奏されるようになってからピアノがトレスの代役を務めるようになったようです。

2曲目の"Monte Adentro"でライ・クーダーはトレス奏者としてクレジットされています。間奏のソロ・パートはトレスの奏法を取り入れたガルバンのエレキ・ギターだと思いましたが、トレスらしき音が他には聴こえてこないので、あるいはこのソロ、ライがエレキのトレスで弾いているものなのかもしれませんね。

この曲は先述したキューバ音楽の巨匠、アルセニオ・ロドリゲスのナンバー。

ソンという音楽はスペインの流れを汲んだ歌曲の要素が強いギア(メロディ・パート)とアフロの流れを汲むコール・アンド・レスポンスの形式で唄うモントゥーノの部分で成立していますが、曽祖父はアフリカのコンゴから奴隷として連れてこられた人で、アフリカ伝来の楽器に子供の頃から親しんでいたというアルセニオ・ロドリゲスの楽曲はモントゥーノ部分がメインになった、かなりアフロ色が濃いものです。アディショナル・レコーディングされた女性コーラスも効果的で、ライ・クーダーは原曲の持つアフロ・キューバンな気分を上手く表現していると思いますね。

 

 

このアルバムで、ライ・クーダーは鍵盤楽器ではオルガンとエレキ・ピアノを担当。ベネズエラのシモン・ディアスの名曲"Caballo Viejo"ではライのオルガンがフィーチャーされていますね。

鍵盤楽器の奏者としてはアメリカとメキシコの国境地帯に根付くテハノ・ミュージックの名アコーディオン奏者、フラコ・ヒメネスと『Chicken Skin Music』の中で3曲共演し、ライ自身も同じアルバムの別の曲でアコーディオンを弾いているのは知っていましたが、このアルバムではピアノまで弾いているのには驚きました。確かにルイ・アームストロングと組んでいたジャズ界の巨匠、ピアニストのアール・ハインズと『Paradise and Lunch』と『Jazz』で二度のレコーディングを行ってはいますが、ピアノですからねえ…

更には、3曲目のガルバンらしい頭がクラクラするくらいエフェクトの効いたギターが聴けるマヌエル・ガルバンとライ・クーダーのオリジナル曲 "Los Twangueros"では、何とヴィブラフォンを演奏しています。

アルバム『Jazz(1978)』の中で取り上げたアーリー・ジャズのヴィックス・ヴァイダーベックの曲でティム・コリアーというヴィブラフォン奏者を起用していましたが、こんな楽器までモノにしてるとは、ライはこのアルバムで恐るべきマルチ・プレイヤーぶりを発揮していますね。楽器に対するあくなき探究心には脱帽です。彼の場合、他の楽器から学んだことが本職のギターの演奏にも活かされているのだろうと思います。

 

 

こちらは"Mambo No.5"で有名な「マンボの王様」ペレス・プラードによるスタンダード・ナンバー。

1958年に全米ヒットチャート第1位になった"Patricia"

原曲のホーン・セクションによる主題となるリズミカルな旋律を見事にエレキ・ギターのサウンドに変換しています。

 

 

ベンチャーズにはツイストを集めた『Twist With The Ventures』、サーフ・ミュージックを集めた『Surfing』などの特定の音楽ジャンルのヒット曲を集めたアルバムがありますが、こういう、ロック世代の私でも聴き覚えがあるようなマンボの有名曲をギター・インストで聴くと、この『Mambo Sinuendo』というアルバム、同じようなコンセプトで制作された「キューバ音楽版」のようにも聴こえます。

実際、この作品は2003年のグラミー賞"ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・アルバム"を受賞しています。

この曲ではライ・クーダーは本職のギターを弾いていますが、ガルバンのバックでリズムを刻み、ハモりを入れ、時に絶妙な裏メロを絡めて、ガルバンのトゥインギーなギターを引き立てているという印象です。ライがギターを弾いている他の曲も同じようなスタンスが踏襲されています。

これはガルバンとライのギター2本のみで収録された"Secret Love"

ライ・クーダーのフィンガー・ピッキングに始まり、しばらくライのソロが続いた後、主役のガルバンによるエフェクトの効いたギターが登場し絶妙な絡み合いが聴ける美しいナンバーです。

ドリス・デイが1953年のミュージカル映画『カラミティ・ジェーン』の中で主題歌として歌い、大ヒットした曲です。『ふしぎの国のアリス』や『 ピーターパン』の音楽も担当したアメリカの作曲家サミー・フェインの手による楽曲。

こういう曲をサラっと挟んでくるところにも、このアルバムの持つ、アメリカ文化が入ってきていた50年代のキューバの気分が感じられますね。

 

 

 

最後はタイトル曲の"Mambo Sinuendo"

この曲はエフェクトを多用してキッチュな感覚で仕上げられています。

ライ・クーダーはここではオルガンを担当していますね。

 

 

キッチュでポップなセンスというのはマヌエル・ガルバンの特質でもあるようですが、ライが70年代の頃のアルバムにゲストとして呼んだ、戦前から活動していた伝説的プレイヤーたちとの共演では、ライの方が現代的なセンスを加えているという感じがしていましたが、このアルバムでの共演はそれとは少し違う印象があるのはそのせいでしょうね。マヌエル・ガルバンが1931年生まれ、ライ・クーダーが1947年生まれで、さほどの世代差はない訳です。

ポップと言えば、この曲で主役を張っているラテン・テイストの効いたトランペットは、何とポップ・マエストロの異名を持つアメリカ音楽界の重鎮トランペッター、ハーブ・アルパートが吹いています。

こういう、ポピュラリティの高いゲスト・プレイヤーを呼ぶということは、従来のライ・クーダーのアルバムでは無かったことだなぁ(ブエナ・ビスタで儲かったからか?)などと考えつつ、これまでまったく聴いてみようと思ったことのなかったハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスの1965年のアルバム、"A Taste of Honey(蜜の味)"や"Bittersweet Samba(オールナイトニッポンのテーマ音楽)"が収録された『Whipped Cream & Other Delights(1965)』を聴いてみると、なるほど、なるほど、、、

ラテン・テイストのあるインスト・アルバムで、何となく、この『Mambo Sinuendo』とアルバム全体としての空気感が似ていますね。

 

ブエナ・ビスタにも参加していたライの息子でドラマーのヨアキム・クーダーがこのアルバムにも参加していますが、ライが絶大な信頼を寄せる長年のパートナー、ジム・ケルトナーもドラマーとして参加しています。

一つの楽曲についてジム・ケルトナーとヨアキム・クーダーという二人のドラマーがクレジットされている曲が全12曲のうち4曲あります。

ヨアキム・クーダーというミュージシャンはドラマーというよりも、ドラムス・セット以外にも様々な打楽器を用いるパーカッショニストと言った方がいい人なので、この二人が同じ曲の中で使われていてもおかしくはないのですが、自身も先人から多くのことを学んできたライの息子に対する教育的意味合いも感じられますね。

 

ヨアキムはライ、ガルバンと共にこの曲"Mambo Sinuendo"の共作者としてクレジットされています。

ライは次作の同じくラテン系統のアルバム『Chávez Ravine(2005)』でもラテンの曲に、このようなエフェクトを加えた音作りをしていますが、最初にこうした曲を聴いた時に、ライ・クーダーらしからぬ印象を受けたものですが、最新作の『The Prodigal Son』とこのアルバムのブログを書くために調べて聴き込んだ限りでは、おそらく、こういうエフェクトの使い方はヨアキムのセンスだと思いますね。

タイトル・ナンバーにこういう曲を持ってくることで、単に50・60年代レトロなだけのアルバムではなく、21世紀のキューバ音楽というものも提示しているようにも感じられました。

 

 

2011年7月、マヌエル・ガルバンは80歳で突然亡くなってしまいますが、2012年に、最晩年に録音されていたアルバム『Blue Cha Cha 』が発売されます。

初めての完全なソロ・アルバムが遺作となってしまった訳ですが。ノスタルジーとモダンさを同時に感じさせるサウンドが素晴らしいです。

『Mambo Sinuendo』ではライ・クーダーのプロデュースの意図により、完全にガルバンのギターが主役でしたが、マヌエル・ガルバンという人はロス・サフィーロスに始まり、エル・グルーポ・バテイ、ビエハ・トローバ・サンティアゲーラと常にバンドのメンバーとして生きてきた人。初めてのソロ・アルバムでも自身のギターだけでなく、各々のプレイヤーや歌い手に見せ場のあるバンド・サウンドになっていますね。

 

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『Blue Cha Cha 』の付属DVDの中でマヌエル・ガルパンはこう語っています。

「二人の兄貴たちはギターを弾いていた。親父はトレス、母親は歌。言ってみれば音楽一家だったんだ」

 

 

 

 参考資料