ペンギン・カフェとミニマル・ミュージック | Apple Music音楽生活

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レンタルCDとiPodを中心とした音楽生活を綴ってきたブログですが、Apple MusicとiPhoneの音楽生活に変わったのを機に、「レンタルCD音楽生活」からブログタイトルも変更しました。

先日、Apple Musicが私にレコメンドしてくれた中に「はじめてのペンギン・カフェ・オーケストラ」というプレイリストがありました。

ペンギン・カフェ・オーケストラ(PCO)とは、1972年ごろよりイギリスの音楽家サイモン・ジェフスを中心に活動を始めた音楽集団。
1976年に元ロキシー・ミュージック、ブライアン・イーノのオブスキュア・レーベルよりレコード・デビュー。
日本でも80年代に、お洒落なカフェ・ミュージックという感覚で聴かれていたので、私もエヴィリシング・バット・ザ・ガールやスタイル・カウンシルを聴くのと同じノリで聴いてました(笑)

ブログを書くにあたりネット上でPCOに関する情報を探してみましたが、さほどまとまった情報が少ない中、2012年のWIREDの記事でPCOの創設者サイモン・ジェフスの息子で新生「ペンギン・カフェ」のデビュー・アルバムを発表したアーサー・ジェフスへのインタビューという非常に有用な情報を見つけました。
今回の記事はこのインタビューから、多くの引用をさせていただきました。



彼らの音楽はミニマル・ミュージックという現代音楽(クラシック音楽の流れにあり20世紀後半から現在に至る音楽)の方法論をベースにしています。
言葉にすると、音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させながら徐々にその形を変えていく音楽と言ったところですが、まずはPCOを聴く前に最も有名なミニマル・ミュージックエリック・サティ"Gymnopedie No.1"を聴いて頂きましょうか。
これ、誰もが聴いたことがある筈です。



この動画の音源ではサウンド・エフェクトとして波の音が使われていましたが、ミニマル・ミュージックには自然界にある音の反復にも似た、癒し効果があるように思います。
機械的な反復ではなく揺らぎのある反復ですね。

サティには『家具の音楽』という室内楽曲もありますが、家具のように、そこにあっても日常生活を妨げない、意識的に聴かれることのない音楽といったものを目指していたようです。
ブライアン・イーノの提唱した『環境音楽(アンビエント・ミュージック)』もサティのこの考え方に影響を受けたようです。

PCOの音楽もミニマルな音の反復が基本になっていますが、アンビエントと言うよりもインテリア・ミュージックという言い方が個人的にはしっくりきます。
"Music For A Found Harmonium"をお聴きください。



こんな感じです。
「今さら80年代のカフェ・ミュージックなど聴いても面白いか?」と思いましたが、30数年ぶりに聴いてみると、これが中々、悪くない。
深く疲れた心身に優しい音楽ですね。
ここ数年の私のリラクゼーション・ミュージックはカントリー系のアルバムでしたが、そういう系統の音楽以上に身体に負担がかからないですね(笑)


80年代という時代はビジュアル・アートの世界でも広告表現や映画などの商業分野のクリエイターがファイン・アートの技法を取り入れただけでなく、ファイン・アートのフィールドの人たちも商業分野に進出していた時代でした。
音楽の世界でも、この事情は同じで現代音楽の作曲家の曲がCMに使用されたり、前述のブライアン・イーノらのロック・アーティストが現代音楽の方法論を取り入れた作品を発表していました。


現代音楽の世界の人でミニマル・ミュージックの代表的な作曲家の一人フィリップ・グラスもメジャーな映画監督、フランシス・F・コッポラが製作者としてクレジットされた1982年のドキュメンタリー映画『Koyaanisqatsi』の音楽を担当しました。
こちらの動画は映画の予告編でしょうか。



ミニマル・ミュージック、環境音楽というものは、音を単独で聴くのではなく、その場の状況と一体となって効果を発揮しますね。
ブライアン・イーノ『Ambient 1: Music For Airports』で空港という場所とその機能のために音楽を作曲しました。
フィリップ・グラスの音楽も映像と完全に一体になっています。
雲の流れの早回しという手法は今では極めて当たり前の手法ですが、私はこの映像を観た時にかなりの衝撃を受けたので、商業作品でこの手法が使われたのは『Koyaanisqatsi』が初めてだったのではないでしょうか。


フィリップ・グラスの音楽はミニマルでありながらエモーショナルです。
先ほどの"Music For A Found Harmonium"は極力、感情的なものを排したミニマル・ミュージックですが、PCOにはミニマルを基本としながらもエモーショナルな要素を持つ曲もあります。
代表的な曲としては、クラッシック楽器の中でも深い感情表現に力を発揮するチェロによる情感溢れるメロディが特徴的な
"Perpetuum Mobile"がありますが、この曲については後ほど動画を紹介したいと思います。


一方でPCOにはワールド・ミュージック(民族音楽)的な要素もあります。
この"Salty Bean Fumble"はヨーロッパのどこかの国の民族音楽といったところでしょうか。
笛を吹いている挙動不審なインテリ(笑)といった風姿の人がサイモン・ジェフス。
通常はギターを弾いていますが、楽器は何でもやってみたようで、息子のアーサー・ジェフスには「ほとんどの楽器は1日も練習すれば、素敵な曲を書くために必要なことくらいはできるようになるんだ」と教えていたそうです。
やはり演奏者というより、根っからの作曲家なんですね。



サイモン・ジェフスはジョン・ケージ、シュトックハウゼン、ブーレーズといった現代音楽のほかにも、ベネズエラのアルベルト・グラウという作曲家のレコードやシエラレオネ、マリ、コンゴ、マダガスカルといった国のアフリカ音楽もよく聴いていたようです。
考えてみると民族音楽も同じリズム・パターンを反復するというものが多いのでミニマル・ミュージックと特性的に近いものがありますね。
PCOのメンバーが演奏している楽器自体も、クラッシックの楽器に混ざってウクレレやアフリカの打楽器などが使われていますね。


さて、このジャンルレスの不思議な音楽のアイデアはどこからきたのでしょうか?


ペンギン・カフェというのは、サイモンの夢の中に出てきた、巨大なペンギンがマスターをしているカフェなんだそうです。
カフェには楽団がいて、どこかで聴いたことのある音楽なのに、どこで聴いたか覚えていないような音楽を演奏していたそうです。
サイモン・ジェフスのアイデアは、夢の中で見たそのバンドのためのヴァーチャルな音楽をつくるということだったんだそうです。


このイメージを具現化するために音楽とともに重要な役割を果たしているのがPCOのアルバムのアートワーク。
サイモン・ジェフスの妻で彫刻家のエミリー・ヤングが手がけたもので、音楽と一体になって、PCOの世界観を表現しています。


Music from the Penguin Cafe/Penguin Cafe Orchestra

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Penguin Cafe Orchestra/Penguin Cafe Orchestra

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Broadcasting From Home (Reis)/Penguin Cafe Orchestra

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Signs of Life/Penguin Cafe Orchestra

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ユニオン・カフェ (Union Cafe)/ペンギン・カフェ・オーケストラ

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簡単にPCOの作品群の変遷について紹介しておきます。

1976年の1stアルバム『Music From The Penguin Cafe』では、ミニマル以外にも不協和音やミュージック・コンクレートなどの現代音楽の手法も使われていて、まだ、試行錯誤しているという印象のある作品。

1981年の2ndアルバム『Penguin Cafe Orchestra』でPCOのミニマル的なインテリア・ミュージックのスタイルが確立していますね。
私が当時、よく聴いていた(いや、流していたですね。 笑)のはこのアルバムです。

1984年の『Broadcasting From Home』以降は、2ndで確立したスタイルの曲に加えて、エモーショナルな深みやワールド・ミュージック的な要素のある曲が徐々に増えていきます。
後期になるほど、音楽アルバムとして本格的になっていくという感じはしますが、逆に言うとミニマル色も薄れて普通にいい音楽になっていってるという気もしないではありません。
年齢とともに伝統的なるものに回帰していくという気持ちは私にも分かりますが。

初めてPCOを聴く方にはアートの香りのする洒落たインテリア・ミュージックとして気軽に聴ける『Penguin Cafe Orchestra』とPCOの全アルバムから選び抜いた曲と配置が素晴らしいコンピレーション・アルバム『Preludes, Airs & Yodels 』がオススメですね。


さて、もう1人、ミニマル・ミュージックを代表する現代音楽の作曲家を紹介しておきましょうか。
フィリップ・グラスよりもロック・リスナーの私にとっては、取っ付きやすかったスティーブ・ライヒの曲をかけますね。
エレキ・ギター、エレキ・ベース、ドラムスといった、ロックの基本楽器を使用して演奏される楽曲が多かったからだと思いますね。
これもエレクトリック・ギターを中心に構成された"Electric Counterpoint III (Fast)"



こういう複数のギターによる反復パターンはキング・クリムゾンもロバート・フィリップとエイドリアン・ブリューの2本のギターで演ってましたよね。
フィリップはブライアン・イーノとの交友が深く、共作アルバムも出しているほどですから、当然、ミニマル・ミュージックへの造詣もあったのでしょうね。
このスティーブ・ライヒの『Electric Counterpoint』テリー・ライリー (この人も忘れてはいけません)の『Rainbow In Curved Air』はタンジェリン・ドリームやアシュラ・テンプルなどのジャーマン・プログレを聴いた人にも馴染みやすいと思います。


フィリップ・グラスやスティーブ・ライヒ、テリー・ライリーらのミニマル・ミュージックもそこそこ気持ちよく聴ける音楽ではあるのですが、やはり、どことなく実験音楽的な芸術性が感じられます。
プロのアーティストにインスピレーションを与えてきましたが、聴く人を選ぶ音楽ですね。
対してサイモン・ジェフスが目指したPCOの音楽は万人が聴いて気持ちよく、美しく感ずることのできる音楽だと思います。


残念ながら、1997年にサイモン・ジェフスは脳腫瘍により亡くなり、PCOは解散状態となっていました。
サイモンの息子、 アーサー・ジェフスはケンブリッジ大学で考古学と人類学を学び、南アフリカでNGOに参加。その後、北極圏を旅し、帰国後、音楽家として生きていくことを決意します。
2007年頃から仲間を集めて音楽活動を始め、2011年にペンギン・カフェ・オーケストラではなく、ペンギン・カフェと名乗ってアルバム『A Matter of Life…』を発表します。

こちらは2013年のグラストンベリーでのライブ映像。
父の作曲したPCOの数多くのレパートリーの中から"Perpetuum Mobile"を演奏しています。
前述した、ミニマルを基本としながらもエモーショナルな要素の強いこの曲を選んだというところに、アーサー・ジェフスという音楽家の個性を感じます。



エレピを弾いて定型音を反復している人が、アーサー・ジェフスです。
80年代のどこかスタイリッシュな雰囲気のあるPCOのステージと比べると、ピアニカを吹いている人もいて、ローファイなステージ風景ですね。
いや、アルバムの音質自体は決してローファイではありませんが。
この曲"Perpetuum Mobile "では反復する音のパターンはピアノと高音部を担当するバイオリンが担っていますが、低音部のメロディをチェロが主導しています。アーサーの作る曲もチェロが主旋律を奏でる曲が多いです。

Matter of Life./Penguin Cafe Orchestra

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この2枚のアルバムでアーサー・ジェフスの書いた曲を聴くと、父親のような天才肌の音楽家という感じはしませんが、音楽というものに真摯に向き合っている佇まいが感じられます。
より感情表現に重きを置いた作風だと思いますね。


最後にペンギン・カフェの最新アルバム『The Red Book 』から"Solaris"をお聴きください。



この部屋にはアナログ・レコードとプレーヤー、サイモン・ジェフスの愛用していたギターが置かれています。
これは亡くなった父親のサイモンが作曲をしていた部屋で演奏されたものでしょうか…
壁に掛かっているペンギンの絵は母親のエミリーが描いたPCOのジャケ・カバーの原画でしょうね。
子供の頃からこの家で育った息子のアーサーに父が「音楽」という大きなものを遺したのだなということが、この動画から感じられます。


私も先日、父を亡くしましたが、私にとっては父親が遺してくれたものは何だったのか改めて考えてみたいと思いました。