こんにちは

 

私の父親はもう他界しているのですが、会社を起こしてはみたものの、事業に失敗して哀しい晩年を送ったようです。

 

「ようです」ということの意味は、途中から私と戸籍が分かれることになって、よそで再婚したので疎遠になってしまったという経過があったからです。

 

仕入れの仕方と、売り方と売り先の目当ての仕組みが分かったくらいで起業したとしても、そうもつものではないところが、起業家として生きることの難しさであるように思います。

 

私は、風の便りに父親の会社経営が無理になったことを知りながら、脱サラして会社を起こした経緯がありました。

 

人がやらないことをやっていくという思いは初めからありましたので、それが今でも厳しくて難しい分、ここに至ることができたというところはあったのかもしれません。

 

他の人でもやれることは起業の生業としては向いていなくて、人のやれないことをやれるかどうかに、起業の成否のすべてがかかっているように思われます。

 

人のやれないことをどうやって探して見つけ出すのかと言えば、その答えがどこにも書いてないところに、人生というものの本質が示されているのかもしれません。

 

 

 

それではまた。