こんにちは

 

前回の記事で、サラリーマンのときの仕事が繰り返しばかりで楽すぎたので、辞めて起業したということを書かせていただいたのですが、中身は過酷といえば過酷でした。

 

機械工具のメーカーで営業職に就き、静岡県内での受け持ち範囲は、御殿場から神奈川県境が東端で、西端は浜松の手前の磐田袋井まで伸びていて、東名高速の延長で約150kmを1人で奔走。

 

ルート営業と直需があり、自動車・輸送機関連が5社7工場、電機・家電は4社、造船・化学・住宅が7社ほど、商社と卸が5社くらいあったように思います。

 

高度経済成長期であったことから、大きな機械の受注競争も熾烈を極め、休日工事が常でしたので、ヘルメットに作業服姿での現場作業が長く続いた時期もありました。

 

普通の人なら、多分皆さんが辞めてしまうような状況であったように思うのですが、つらさというものを感じることはなくて、割に意気込んで生きていたような記憶があります。

 

やがてマインドが起業に向かって行ったときの心境は、これだけやって生きてきたのだから、いっそ自分で始めてしまった方が早いのかもね、という感じであったのかもしれません。

 

 

 

それではまた。