こんにちは

 

「渇いた心」というものは、自我をますます悲しくさせているものなのかもしれないということを、自分は気づいていないのかもしれません。

 

ないものはなくてもよくて、足らないものは足らなくてもよいのだと思います。

 

欲しいのにどうやっても届かなくて悔しいという感情は、届かなくても別にかまわないという一存できれいに中和されて消えてしまうのだと思います。

 

得(え)も言われぬ不満が自らを苦しめているというところは、無数にあるのかもしれません。

 

全部をほしがることはもはや不合理でもあって、ひとつか二つだけ充たされるものがあれば、人生はそれで十分であるのだと思います。

 

 

 

それではまた。