こんにちは

 

昨日までの連休のように、人や社会が休んでいるときに自分の意思で黙々と積み上げておいたものが、今日の明けと共に実を結ぶことになるという展開は、いつものことながら爽やかであるように思います。

 

幸せや禍というものは、自然のめぐり合わせによるものが主体であるのかといえば、それはゼロではないにしても、大方は自らの内実や所業でそうなっていくものであるのかもしれません。

 

休むことで感じられる幸せもあれば、休まなかったから感じられることになる幸せもあるのかもしれません。

 

昨日の記事のように、天国と地獄を行ったり来たりして生きていくのが起業家の定めであるようには思うのですが、そこを生きているという人生はそれなりに意味があるのかもしれません。

 

社会を相手に、人の手に頼らずお金を稼いでいくことの厳しさを乗り越え続けていく日々であっても、それはそれで治まっているように思っているところであります。

 

 

 

それではまた。