こんにちは

 

上場企業の労働組合の役員に就いたのは25才のときでした。

 

なりたくてなったわけではなくて、その前年に青年部を統率する部長に推されて任務を果たしていたことから、上部組織の幹部の大人たちに引きづり込まれるようになっていったのだと思います。

 

28才までの4年間は、教宣部長として500人が読む機関紙やニュース・新聞を1人で毎日のように書き続けておりました。

 

後半の2年間は、書記長も兼務しておりました。

 

まだ若くて、パンチパーマにリーゼントという出で立ちのロッカーで、このブログに貼ってある画像はそのころのものです。

 

5月1日はメーデーの日で、当時はまだ盛大な開催で代々木公園は人で埋まっておりました。

 

パレードでは、いつも組織の大きな旗を持つ旗手の役割を担っておりました。

 

今の社会の格差の拡大や非正規の人の数が増大した原因の一つに、労働組合組織の弱体化や労働運動の後退があったように思います。

 

社会の正しいあり方というものは、人々の人生にとって極めて重大な関わりをもっているのだと思っております。

 

 

 

それではまた。