こんにちは
娯楽や行楽や遊びは、日ごろの重圧や単調さから解放されたいことで求めるものなのだとしたら、それが無くてもかまわない自分は、そういう人生を生きているという感じであるのかもしれません。
「結果」というものは、何によってそうなっているのかといえば、そういう「原因」や「状況」という土台の上に乗っているものであることは間違いないように思われます。
土台を動かさないと結果もそうなっては行かないというわかりやすい論理は理解できているつもりでいても、結局なにも動かしてはいないということはよくあることなのかもしれません。
起業して社長を続けているということは自分にとっては大したことではなくて、毎日なにをして生きているのかということと、物事の仕掛けと仕組みを考えながら実行へ結び付けて行くことのできる境遇にあることが、重要であるのだと思っております。
10年後に、今 以上の自分で生きていられる方法を考えることには、意味があるのかもしれません。
人生はあきらめたら終わりで、あきらめなかったら終わることはないのだと思っております。
それではまた。

