こんにちは
自分の体の前半分は自分で見えていても、自分の後側半分と顔については、人には全部見えているのに自分には見えていないということは、外見のことばかりではないのかもしれません。
人が自分を見るときには100すべてを見ていて、自分は自分で30くらいしか見えていないのだとしたら、どうなのでしょう。
人の顔色を窺いながら生きているということと、人が自分をどう観ているのかを慮るということは、似ているようで全然違うことのような気がいたします。
それではまた。
こんにちは
自分の体の前半分は自分で見えていても、自分の後側半分と顔については、人には全部見えているのに自分には見えていないということは、外見のことばかりではないのかもしれません。
人が自分を見るときには100すべてを見ていて、自分は自分で30くらいしか見えていないのだとしたら、どうなのでしょう。
人の顔色を窺いながら生きているということと、人が自分をどう観ているのかを慮るということは、似ているようで全然違うことのような気がいたします。
それではまた。