こんにちは

 

自分というものについての明晰な意識が、人生を形作って行く土台になるように思います。

 

こちらが駄目ならあちらに賭けてみるのだとしても、こちらにもあちらにも共通の人間論のようなものが存在するのだとしたら、それはどちらであっても同じ結果になるのかもしれません。

 

選択の正否の「なれの果て」であったとか、運・不運の偶然の結果であったというよりは、もう少し根っこの方に起因することで今に至っているのだとしたら、そのあたりを改めて行くということが、この先を生きて行くことの重要な課題になるのかもしれません。

 

 

 

それではまた。