こんにちは
人は、「こんな自分では駄目」という心情と、「自分を認めてほしい」という心情の狭間を絶え間なく行き来しているのかもしれません。
昨日の「何となく」という記事で書かせていただきました「本当は強く生きたい自分」を阻むものがあるのだとしたら、相反する「駄目」と「認めて」の葛藤と打ち消し合いによって、自らが本来持っている才能を摘んでしまっている可能性があるのかもしれません。
「人を敬う」ことでなぜ自分が強く生きて行けるようになるのかもしれないのかというと、自分が自分から一旦離れてみて、澄んだ心で人の生きかたに触れてみることで、「今までとは異なる自分」が芽生えてくるのかもしれない・・・などということを思うのです。
自分が自分に掛けている暗示のようなものが無意識の心の中にあるのだとしたら、それを少し動かして行ってみることで、明るいものが見えてくることだっていくらでもあるのかもしれません。
(日中に「ダウン」という記事を書かせていただきましたので、よろしかったらどうぞ。)
それではまた。

