こんにちは

 

この先を生きる意志の無い人には安楽死を認めるべきだという話の中で、92才になった橋田さんがその番組で自論を展開されておりました。

 

観ていて、失礼ながら「修行が足りねーな」などと勝手に思うのでした。

年齢を重ねれば重ねるほど、「死の恐怖」と戦うことが辛くなってくるのだと思います。

 

私は今年、心臓の治療と検査でもう回数は忘れてしまったくらいなのですが、カテーテルを足の付け根から入れて大動脈を経て心臓の冠状動脈の造影や狭窄部位の拡張を数回繰り返すことがありました。

 

同意書には勿論生命の危険を伴うという条項もあり、治療そのものが必ず成功するという保証もないのですが、オペ中も退屈で眠くなってしまったり、入院中ものんびりしていて不安も焦りも何もありませんでした。

 

そういうときも今のけっこうハードな日々も、傍からみたら情緒の安定を保つことはなかなかむずかしいと思われることがよくあるように思うのですが、自身の内面には何の無理も圧力も無いのだと思います。

 

やりたいことを思いっきりやってそれで毎日を生きて、ある日あるときに「はい、あなたの命はここまでね」なんてことになっても、それもそれで別にいいし・・・という感じでしょうかね。

 

死なんて考えている暇もなくて、そんなことどうでもいいように思っております。

 

 

 

 

 

それではまた。