こんにちは

 

今日は日曜日なので、割りにのんびり仕事をしておりました。

 

そんな中でということもあって、本日は自分の考える主観につきまして。

 

よく人々が「あの人は嫌いだ」とか「あの人が憎い」ということを言うのですが、子供の頃から自分はそういうことを思ったことがほとんど無いのだと思います。

 

なぜそうなのかを考えてみることはときどきあるのですが、その解答は未だによくわかりません。

 

嫌いという感情は、「自分の意にそぐわない・衝突するから」であるのだとしたら、自分も人の意にそぐわない面は無数にあるのかもしれないし、そこはどうなのかとか。

 

憎いの中には、「自分にはできなくて、他にできる人がいた場合」とか、「裏切られた・だまされた・嫌われたのような思いを持ったとき」なのだとしても、自分が完全な人間なわけでもないし、もめごとの原因は自分の側にも過失相殺のようなものが少なからずあるのかもしれないしとか。

 

自分のことは置いておいて、人を責めてばかりいる人生もなんかなぁ・・・という感じなのでしょうかね。

 

「自分の意にそぐわないこと」がいつも自分の人生にとって大問題であり、それと戦い続けて行くことが生きている目的であるのかといえば、私の場合には全然そうではないのだと思っております。

 

自分の人生が何のためにあるのかといえば、それは人とのことよりも、自分のことの要素の方がずっと大きな意味があるように思っております。

 

 

 

 

 

 

それではまた。