こんにちは

 

東大生がなんとやらというTVを観ておりましたら、繁華街で多くの呼び込みさんからコンタクトされるのは、自分が肯定された感に溢れていてすごくうれしいと語っていた男子がおりました。

 

いつもの「承認欲求」でしょうか。

 

が、人の「肯定」ほど不安定で不確実なものもないような気がいたします。

 

たとえば社会で「出る杭」になり始めると、善悪とは無関係に否定されまくられるようになることは多々あるようにも思います。

 

(人から)肯定されたか否定されたのかと、自分が自分をどう思うのかは、別の意識でいた方が良いのかもしれません。

 

なぜなら、「人からみた善良」と、「自分の中の善良」とは、同じであることもあれば、反対であることもたくさんあるようにも思います。

 

「人の目」と「自らの心」の二つの間で迷うことになるのだとしたら、どちらがどうなのかの順番は、一通りわかっておいた方が良いのかもしれません。

 

 

 

それではまた。